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【米国】消されたトランスジェンダー

2007年11月15日 03:37 半澤英恵
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11月7日に米下院を通過した雇用差別禁止法案(Employment Non-Discrimination Act: ENDA)は、成立すれば職場での同性愛者への不当な待遇が合衆国すべての州で禁止されることになる。一部の同性愛者が期待をこめて見守るなか、一方でこの法案にもともと盛りこまれていた性自認に基づく差別を禁止する条項が削除されたことに、多くの同性愛人権団体が抗議をしている。

●バーニー・フランク、法案からTを排除

今年4月にバーニー・フランクを中心とした議員たちから提出されたENDAは性的向と性自認にもとづく差別の禁止を謳っていたが、9月の改訂版では性自認の項目は削除され、トランスジェンダーへの差別禁止は盛り込まれない形で下院を通過した。


ENDAは、今年4月にバーニー・フランク、クリス・シェイズ、タミー・ボールドウィン、デボラ・プライスによって提案された(法案番号H.R.2015)。ENDAを積極的に推進してきたのは、ゲイ男性であることを公言している唯一の国会議員であり、同性愛者の権利擁護のスポークスマンである米下院議員バーニー・フランクである。


バーニーらによって提出された法案は、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー(LGBT)への職場での差別を禁止するため、性的指向と性自認にもとづく不当な待遇を禁止する内容であった。しかし、9月にフランクは「トランスジェンダーを包括した形での法案では議会の通過は難しい」と判断し、性自認の項目を抜かした修正案(H.R.3685)を提出した。


このことに反発したLGBT団体とフランクとのあいだに対立が生じたため、タミー・ボールドウィンが一度性自認削除を取り消した。その後も法案の修正をめぐり議論が進むなか、レズビアン&ゲイ・タスクフォースは「トランスジェンダーを含む形でなければ支持しない」と宣言し、LGBTコミュニティの団結を訴えた。採決はたびたび延長されたが、11月7日、性自認を含まない最終案が下院を通過した。


「性自認を削除したままでいこうというのは、倫理的に破綻していると思う」とロバート・ハートランドは話す。彼はプライドアットワークというLGBT労働団体の委員であり、トランスジェンダーでもある。「300以上の団体が今回のやりかたには反対している。この法案はトランスジェンダーをひどく見下したもので、今回のできごとでフランクがトランスジェンダーのことをさして気にかけていないということが明らかになった。LGBTはひとつにまとまらなければならないのに」。


同性愛運動の中心的存在として活躍してきたフランクに対し、これほど多くのLGBT団体が抗議をしたのは珍しい。対するフランクは、トランスジェンダーに関する条項にこだわって性的指向による差別を禁じる機会を逃すのは倫理的に間違っており、運動が主張する「すべてかゼロか」の議論にはうんざりしている、と反論した。



●全米一のLGBT団体への落胆と不信

ENDAそのものを批判する記事も見られる。「性的嗜好(sexual preference)は好みの問題であり、人権問題ではない」と主張する意見や、「自ら選んだ性的な生活様式と倒錯した性行為に政府のお墨付きをもらおうとする行為」と同性愛を見なす批判が紙面上で繰り広げられ、H.R.2015の成立により異性愛者がトランスジェンダーとトイレを共用せざるを得ず、性的な嫌がらせにあう可能性があると警告している。


軍隊と宗教団体(教会や信徒)にはENDAは適用されないと定められているものの、どこまでが適用外として認められるかに関して宗教関係者は危惧を抱いている。たとえば、(キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の)敬虔な信者であり、同性愛や異性装(cross dressing)を不道徳なものと考え、そのような従業員を雇うことを拒否している宗教書専門書店のオーナーは、雇用差別をしたとして、政府から処罰されることになってしまう。そのため、Concerned Women for America (CWA:中絶反対派の急先鋒として知られ,大統領選ではブッシュ候補の強力な支持組織となっている女性団体)などは、議員に対しENDAに反対票を投じるよう働きかけている。また、同性愛者をめぐる偏見や差別も根強いなか、トランスジェンダーを含めることができなくても性的指向による差別を連邦政府レベルの法案で禁止することに意義を見出すLGBT団体も存在する。


全米一のLGBT団体であるヒューマン・ライツ・キャンペーン(HRC)の代表ジョー・ソルモニーズは、ENDAの成立がトランスジェンダー法制化の布石となることを期待すると述べ、多くのLGBT団体がH.R.3685反対の姿勢を貫くなか、ENDAを支持した。これに対し、HRCの委員として関わってきた唯一のトランスジェンダーであるドナ・ローズは「HRCへの信頼をなくした」とし、10月8日付で辞表を提出した。辞意を語った文のなかで、ローズはHRCへの落胆と不信、ソルモニーズの裏切りを痛烈に批判している。


「2004年にHRCは、LGBTすべてを包括する法案以外は一切支持しないことを決め、私がHRCの委員会に加わったのはその決定があったことが一因でした。(中略)つい先月、HRCの代表であるジョー・ソルモニーズはアトランタのサザン・コンフォート会議で900人ものトランスジェンダーの聴衆に対し、たゆまぬ支援と団結を誓ったばかりだったのです。演説のなかで彼はLGBTすべてを包括したENDA以外は支持しないこと、そして、それ以外の修正案には積極的に反対の声を上げていくと明言したのです。(中略)残念なことに、今回のできごとで彼の約束は嘘だと分かりました」。



●「人と違う自分を表現する者はみんなトランスジェンダー」

今回の法案の問題点は、トランスジェンダーの排除だけではない。性的指向は含めたけれど性自認は含めなかったことで、伝統的なジェンダー規範に従わない同性愛者が差別を訴えても、問題の所在が性自認に帰される危険性がある。結局ENDAが保護したのは、保護を必要とせず異性愛者のように振舞い卒なく生きているLGBだけ、という指摘である。


いみじくもローズは辞意を決意した経緯を述べるなかで、トランスジェンダーは単にセクシュアル・マイノリティの一角を占める集団ではなく、伝統的なジェンダー規範に迎合しない者すべてを包括する概念であると述べている。


「トランスセクシュアルや若いクィア、女っぽい仕草の男性、男っぽい外見の女性などはみんなトランスジェンダーである。自分に素直に生きることを選んだ人、人と違う自分を表現する者はみんなトランスジェンダーなのだ」。


伝統的なジェンダー規範にはまりきらない自己のありかたを求める人がすべてトランスジェンダーであるならば、その性自認のありようをいかに権利として獲得していくのか。ENDA下院通過の舞台裏を通して、セクシュアリティとジェンダーをめぐるこの社会の困難と課題を垣間見ることができる。



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