悪魔の植物人間

[いぬのえいがひょう] vol.005
悪魔の植物人間 (1973) The Mutations (The Freakmaker)
1932年にトッド・ブラウニング監督が撮った『フリークス』。
とあるサーカス団。ここには力自慢の大男や軽業師に混じって、怪物と呼ばれ奇形を見せ物にするフリークたちがいた。
彼らはお互いの境遇を思い仲良くすごしている。そのなかのひとり小人ハンスは同じく小人のフリーダと恋仲だった。
しかしクレオパトラという女が財産を奪う目的でハンスを誘惑し毒殺しようとする。
幸いハンスは助かったが、これを知った仲間たちは嵐の夜、ハンスたちを怪物め怪物めと罵(ののし)る“美しい”クレオパトラに対する復讐を決行する。
ほんとうに醜い怪物は心の醜い者のことなのだ、といういたってまっとうなメッセージが好感持てた作品でした。
この『悪魔の植物人間』は、『フリークス』へのオマージュに溢れた作品。
人間と植物の融合による変異体の創造にとりつかれた生化学の教授ノルター。
彼は、見世物小屋の男リンチに協力させ、誘拐してきた大学生たちを実験体に遺伝子融合実験を行う。
見世物小屋で他のメンバーをあからさまに見下し暴力的に振舞うリンチは、誘拐の見返りに、顔の巨大なこぶのある顔をノルター教授に「治して」もらう約束をしていた。
教授は、「すべての生物は変異によって発生した。すべての種は異常だ」と、はっきり進化論の基本を語る。
すべての種が異常。
この考えは、昨今、クイア・スタディーズと冠されて、新しい考えのように言われがちですが、進化論にすでに含まれていた考えだったのですよね。
論理的に当然な根源をはっきり言うことがクイアということ。
クイア=ラディカル。
見世物小屋の「奇形」のかたがたが自分はたまたまこうであるというだけ、と納得している一方、リンチだけは、自分の「異常な顔」を容認できない。
見世物小屋のかたがたのひとりキャシーのバースデイパーティーで、「リンチさんも仲間だよ」と言われるとみんなを化け物呼ばわりし「生まれたことを後悔させてやる!」と叫ぶ。見世物小屋のかたがたは、リンチの「後悔」に大笑い。リンチは怒って暴れだす。
(この場面は、台詞や演技、カメラアングルまでも『フリークス』と酷似している)
自分を負い目に思っているのは、リンチだけ。「奇形」を見下しているリンチだけ。
『エレファント・マン』で、ジョセフ(ジョン)・メリックは、「ぼくは人間だ!」と叫んだ。
メリックの愛読書は、人間の愚かさを赤裸々に描きながらもなぜか人間を賛美する「新約聖書」。
理由もなく無理矢理に人間を賛美する考えにしか触れられなかったとはいえ、メリックがそれまでの生涯で出会った人間は、自分を虐げる卑劣な者ばかりだった。
それでなぜ「ぼくは人間だ!」と、「人間」に帰属するのだろう。
『悪魔の植物人間』の見世物小屋の、リンチ以外のかたがたは、心ない者に化け物と呼ばれても、自分を肯定できる。
化け物と罵る「人間」こそ、すべての種が異常だということに気づいていない愚かな、醜い化け物なのだとわかっている。
だからリンチのどなる罵倒の言葉も笑い飛ばせる。
この潔さ、聡明さ、好きです。
ところで! そんなことより、いぬかわいいよー! いぬってすてき! わんわん!
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