試験に出るよ! まるわかり「同性愛殺人」(4)
シリーズ第4回目(最終回)です。初めてのかたは、「試験に出るよ! まるわかり『同性愛殺人』(1)」、「試験に出るよ! まるわかり『同性愛殺人』(2)」、「試験に出るよ! まるわかり『同性愛殺人』(3)」からお読みください。
●生きるにはお金も賞賛(承認)も必要
ところが、男性でもヘテロでもない鈴木さんには、前田はこれまでと同じようなアプローチをとらなかった。男性に対しては結婚をチラつかせて懇意になり、生活費や遊興費を負担させてきたが、鈴木さんには「そのうち店を出させてあげる」と、まるでパトロンのような口ぶりで近づいている。
前田は女性相手には態度が変わるのかというと、そうではない。新宿2丁目で事件前の前田と遭遇したことのあるかたの話によると、ゲイバーでもレディースバーでも、前田が一人で来ているのを見たことがない。いつも取り巻きに連れられて来ており、ついぞ自分の財布を開いたところを見たことがない。相手が男だろうが女だろうが常に前田はおごられる側だった。かのじょを連れ歩く取り巻きは口々に「きれいなひとでしょう」と自慢して回り、前田はといえば、「こんな美人を連れて歩けるなら安いものでしょう」と言いたげにお高く留まった感じだったという。
鈴木さんが経営するスナックで二人が出会ったのは2004年6月。このころの前田はすでに無職の身となっており、ゲイバー経営から身を引いて久しかった。なのに、鈴木さんに対してはさも現役のバー経営者のような態度をとり、男(後述の宮田)から引き出したお金で高級な酒を注文するなどして、十分な収入があるように装っていた。それもまた、鈴木さんを金づるとして引き込むための方便だったのだろうか。いや、前田がそこまで先の見通しを立てたうえで虚言を働いているとは思えない。ただ単にいつでも誰にでもちやほやされたい、一目置かれたいという不毛な願望のために、その場しのぎのネタとして嘘をついていたのではなかろうか。
だが、出会った翌月には、鈴木さんと前田は性的接触を行う仲になっている。鈴木さんと出会った同じころに宮田という男性と知り合い、結婚を匂わせてその男性から経済的援助を受け始めていたにもかかわらず、である。これも成り行きでそうなったのか、性別やセクシュアリティを超えて通じ合うものがあったのか、ほんとうのところは不明だが、ミヤマが取材で得た限りでは、鈴木さんが前田にベタ惚れだったらしい。セックス目当ての男たちとは明らかに違う賞賛のまなざしを、前田は鈴木さんのなかに読み取ったのかもしれない。
事件報道によると、同年10月には、鈴木さんが性感染症を発症し、前田を感染源として疑い、検査を受けるようすすめたが、本人は「男と性的な接触はない」と否定、検査も拒否した。しかし、じつは鈴木さんに見つからないようにして宮田としばしば会っていた。一般的には、「二股をかけるなんて性的にだらしのない女だ」と思われるのかもしれないが、前田が生きていくには賞賛もお金も必要なのだった。賞賛はくれるがお金はくれない(前田が正面から要求できない)鈴木さんと、賞賛はくれないがセックスと引き換えにお金をくれる宮田。前田には二人の存在が欠かせなかったのだろう。そして、鈴木さんにしても前田にベタ惚れしているからこそ、かのじょを疑いながらもそばにいたいと思ったのだろう。
●究極のDVとしての殺人
2004年11月、二人は鈴木さんの自宅マンションで同居することになった。ところが、鈴木さんとスナックを共同経営しているBさんは前田をよく思っておらず、前田をかばう鈴木さんとの関係が悪化し、鈴木さんはスナック経営から身を引くことになった。さらにまた、鈴木さんは「いつも優香と一緒にいたい」と言って寝る間も惜しんで前田のそばにいたため生活サイクルが乱れ始め、仕事どころではなくなっていったようである。理由はともあれ、仕事を辞めて今後の生活はどうするんだとツッコミたくなるが、このころはまだ「いつかお店を持たせてあげる」という前田の言葉を真に受けていたのかもしれず、むしろ鈴木さんのほうが前田に経済的にサポートしてもらう気でいたのかもしれない。
一方の前田は、鈴木さんからの賞賛にもれなくついてくる「束縛、拘束」にはなかなか対処できなかった。仕事を辞めた鈴木さんが四六時中自分のそばにいれば、宮田に会えないのでお金をもらうことができない。そこで前田は鈴木さんのキャッシュカードを無断で持ち出し、預金を引き出しはじめた。鈴木さんはそのことにも感づいて、前田に不信感を募らせていく。前田は宮田との関係について、「食事を作って小遣いをもらっている間柄だ」と、こどもだましにもならない説明をしている。
前田に向けられた賞賛は、いつしか罵倒へと変わっていった。前田の言い訳を鈴木さんが信じるはずもなく、鈴木さんは前田と宮田のあいだに性的な関係があるのではないかと疑いだした。前田は、鈴木さんの預金を無断で引き出していたことを最初は否定したが、翌2005年1月には、自分が預金を引き出したことを認めた。鈴木さんの前田に対する不信感はいっそう強くなり、二人のあいだで口論が繰り返されるようになった。収入があると言った手前お金をつくる必要があるのに、鈴木さんの疑心と監視に束縛されて宮田から思うように金銭を引っ張ってこられなくなった前田は、鈴木さんとの同居生活に怒りと不満を募らせていく。
同年2月、鈴木さんの貯金は底をつく。そうなる前になぜ仕事に復帰しなかったのだろうか。異性関係やお金のことに関して、前田が信頼に値する相手ではないということはこれまでに十分わかっていたはずなのに、なぜ前田との関係(同居生活)を仕切りなおさなかったのだろうか。不信感が高まりながらも、なぜ前田を手放すことができなかったのだろうか。前田を逃したら自分にはもうあとがないと思い込んで追い詰められていたのだろうか。
同年3月1日夜、前田は鈴木さんから男性関係について問いただされて口論になった。翌2日午後、二人で外出しようとしていたところ、タクシーを呼んだタイミングのズレがきっかけで再び口論になった。前田は、「自分と付き合ったことを後悔しているか」と鈴木さんに尋ねた。前田への不信感が積もりに積もっていた鈴木さんは、「お前と一緒だよ。お前偉そうなんだよ、何様のつもりだよ」と返した。その言葉に逆上した前田は、キッチンから包丁をとって玄関先にいた鈴木さんに突進した。同居開始から4ヶ月目の惨事だった。
どんなセクシュアリティであれ、親密な二者関係は排他的な密室関係を形成しやすい。そこに性愛がからめば、プライバシーの問題として封印し、部外者に情報を開示する機会が失われやすい。それだけでなく、二者間で口論や諍いが起こった場合、いったいなにが問題で、お互いの見解がどこまで一致していてどこから食い違っているのか、どのように解決の方向を探っていけばいいかなどについては、冷静さを保った第三者が介入しない限り、自分たちに起こったトラブルをきちんと整理整頓することは難しい。 なにが問題なのかお互いまったくわからないまま感情をぶつけ合っていては、傷つきあい、いたずらに消耗するだけである。
「同性愛関係」だったかどうかは別として、鈴木さんと前田は少なくとも「非規範的な性愛関係」にあったわけで、セクシュアリティをオープンにしていない以上、第三者に相談するなどして風通しをよくすることはひじょうに困難である。相談が困難なのは内容のせいばかりではなく、二者間の性愛のありかたが非規範的なせいでもある。内容を相談するにはまず自分たちの関係をカムアウトしなければならないのだから。第三者をあいだに通せば比較的スムーズに解決するトラブルでも、カムアウトというハードルを越えることができなくて、二者間で自家中毒に陥ってしまうケースは決して少なくない。
現在のDV(ドメスティック・バイオレンス)防止法は、その正式名称「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」からわかるとおり、配偶者間にしか適用されない。だが、法律の内容がどうあれ、その二者関係が異性間であれ同性間であれ、また婚姻関係にあろうがなかろうが、性愛的に親密な相手を密室で殺害する行為がDVの最終形態であることには変わりはない。
***
公判がおこなわれた東京地裁に問い合わせたところ、被告側は11月5日付で東京高裁に控訴申請をしていることがわかった。早ければ12月中に控訴審が行われる。次回はぜひ傍聴したい。
このコラムに関するご意見・ご質問・異論反論・叱咤激励・罵詈雑言・事件に関する情報などを、DG@delta-g.orgまでお寄せいただけたら幸甚である。
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大変興味深かったです。
事件が起きた当時、友人とこの件について話しあったのを思い出しましたね。どれだけ「レズ」を扇情的にマスコミが報道するか不安がありました。
このコラムを読んで、その当時の週刊誌の記事を読んだときの疑問が解決しました。鈴木さんがスナックを閉めたかわからなかったのですが、共同経営から降りた(降ろされた)のですね。
いくら店を出してあげると提案されていても、今までの店を閉めるのは早計すぎやぁしませんか?と思っていたので。
控訴審の傍聴感想も是非アップしてくださいね。
ミヤマさんに追いかけて欲しい事件が、もう一つあるのですが・・・
福岡で5年前に発覚した看護士連続保険金殺人事件です。
この事件に同性性的関係があったと週刊誌で読んだときはかなり驚いたので。下記のサイトは私が読んだ週刊誌記事と似た記述になっています。
http://shadow99.blog116.fc2.com/blog-entry-77.html
natさま
コメントありがとうございます。
>このコラムを読んで、その当時の週刊誌の記事を読んだときの疑問が解決しました。鈴木さんがスナックを閉めたかわからなかったのですが、共同経営から降りた(降ろされた)のですね。
コラムの冒頭にも書いたように、ソースのほとんどはネット上で得られるものです。わたしが独自に取材したのはごく一部でしかありません。前田の件で共同経営者Bさんとの関係がうまくいかなくなった、という線はほぼ間違いないと思いますが、鈴木さんが「降りた」のか「降ろされた」のかは定かではありません。
>控訴審の傍聴感想も是非アップしてくださいね。
霞っ子クラブさんもアップするでしょうね。控訴審の傍聴に出席できたら、記事アップします。お楽しみに。
>福岡で5年前に発覚した看護士連続保険金殺人事件
森功さんの著書が出ていますね。お読みになりました? わたしは読んでいませんが、この事件に関してなにか疑問をお持ちなのでしょうか。よければお報せください。