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クィア・スタディーズ入門(1)

2007年12月 4日 01:58 ミヤマアキラ
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【クィア・スタディーズ講座】第1回−1「クィアって何? どこから来たの?」

 

2007年7月から9月までパフスクールで行なわれた「クィア・スタディーズ講座」(全6回)のレポートをお届けします。講師は全6回とも、このエントリこのエントリでご紹介した清水晶子さんです。

 

本日はその1回目のパート1(わかりにくくてすみません)。講座そのものは6回でしたが、1回ごとのレポートを何回かに分けてお送りします。

 

なお、このレポートは講義内容の忠実な逐語起こしではなく、レポーターであるミヤマの印象録も含まれている部分があります。あらかじめご了承ください。



●まずは自己紹介から

初回の参加者は約15名でした。まずはひとりずつ自己紹介。「みなさんのニーズとすり合わせながら講座をすすめていきたいので、この講座を受講しようと思った動機はなにかとか、どういうことを学びたいという希望があればそれも合わせて教えてください」との清水さんからのご要望がありました。

 

学生さんが多いかと思いきや、そうでもありませんでした。下は20代前半から上は50代半ばまで、わりと幅広い層のかたがたが参加しています。受講動機として言明されたのは、「体系的に学びたい」「これまでほぼ独学だったので、学問のプロである大学の先生から教えを受けるとどんな感じなのか知りたい」「わかりやすく教えてほしい」などなど。

 

それらを受けて清水さんは、若干申し訳なさそうにこうお答えになりました。

 

「クィア・スタディーズは体系的な学問ではありません。入門書もまだないから基礎から順に学ぶ、というやりかたはできないし、体系化されたらとてもつまらないものになるかもしれません。なので、基礎知識というよりは、概念的な話と、問題になりやすいと私が思っているフィールド(場)をとりあげていきます。 もともと議論の枠組みの基礎がきちんとあるわけではないので、基礎をフィールドに応用していくのが難しいということです。 クィア・スタディーズは、フィールドを見ながら議論の枠組みを考えていく、議論の枠組みを考えながらフィールドを見ていくということをやっている最中の学問なのです。ですから、わかりやすく学ぶということが難しいかもしれません」

 

では、ここから先は清水先生の講義を受けている気分でお読みくださいませー。

 

 

Queerはもともと「奇妙な」という意味

今日は、「クィアとはなにか?」について、とりあえずの定義をお話しします。現状では、「とりあえず」以上の定義ができません。クィア・スタディーズとはいまのところどういうものだと認識されているかということと、クィア理論が成り立ってきた歴史的な背景についてお話しします。

 

クィア理論が成立するまでにはものすごくいろんな歴史がありますが、私はその歴史を生きてきたわけではなく、事後的に本などの資料にあたって知ったわけで、資料になった時点で資料には載らずに消えていった歴史的事実も確実にあります。そのなかでも私の印象に残ったことをお話しするので、やはり取捨選択が行なわれて消えていく歴史があります。したがって、いまこれからお話しすることがクィア理論の歴史のすべてではないということを最初に強調しておきます。あくまでもひとつのバージョンということで。

 

まず、クィアの定義について。絶対に忘れてはいけないこととして最初にお話しますが、これは英語圏の言葉であるということ。輸入された言葉だから意味がないとか使ってはいけないというわけではありません。日本でクィアがどういう意味を持つかについては、たぶんまだ根づくのかどうかすらわからない状態だと思います。ですから、今日お話しするのは、あくまでも英語圏での定義であり、英語圏でこの言葉がある種の重要性を持つにいたった経緯であるとお考えください。日本語のカタカナのクィアがどういう意味かではなく、英語のqueerといわれているものがいったいなにか、というお話です。

 

Queerはもともと「奇妙な」という意味です。これは古い意味合いなので、いまでは「奇妙な」という意味ではあまり使われないのですが、もとは奇妙だ、ヘンだ、おかしい、という意味で、そこから同性愛者、とりわけゲイ男性を指す蔑称として使われるようになっていました。したがって、最初に日本にqueerという言葉が入ってきたときには、「おかま」と訳した研究者がいたという記憶があります。しかし、queerは必ずしも男性同性愛者だけを指すわけではありません。レズビアンやトランスを指す言葉として使われることもあります。ただ、歴史的には主に男性同性愛者に多く使われた蔑称です。蔑称とは、悪口としてしか使われない言葉です。これがqueerのルーツで、絶対に忘れてはいけないことのひとつだと私は思います。

 

 

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Queerを「再盗用」する

そして、蔑称だったこの単語を、自分たちでreappropriation(再盗用)していきました。appropriationとは、「ひとのものを黙って勝手に使う」という意味の言葉です。Queerの場合は、だれかが自分たちのことを、「あいつはqueerだ」と勝手に決めて勝手に使っています。それはムカつくので、自分たちで勝手に使い直すことにしよう、というのがreappropriationの戦略です。勝手に使われたものを勝手に使い直すことにするのです。

 

こういったことは以前にもあって、代表的なもののひとつに、黒人に対する蔑称である「nigger」があります。これに対して、黒人同士があえて自分たちのことをniggerと呼ぶ。勝手に使われていたものを、自分たちで勝手に別な意味を持たせて勝手に使い直す。

 

Niggerにしてもqueerにしても、勝手に蔑称として使われつづけてきた歴史があって、もちろん違う言いかたをしてもいいのだけれど、違う言いかたをするのはつまらない、というひとがいる。あるいは、違う言いかたをすると、queerniggerはいかにも「悪い」言葉だ、niggerだったりqueerだったりするのは悪いことだからその言葉を使わない、となるのが嫌だ、という感覚になる場合がある。

 

たとえば、「『レズ』って言われるのは嫌だから言わないで」というと、「レズ」と言われているその中身そのものを否定されているような気がするひとがいる。みんながそう思うわけではないですよ。言い換えれば、「レズって言わないで」というのは、あたかも「自分がレズビアンであるということは言わないで」と言っているような気がする。でも、レズという言葉のいまの使われかたは嫌だから、自分で使いたい形で使おう、というのがreappropriation。端からは悪口として使われていた言葉を、悪口じゃない形で使い直す。

 

なぜそういうことをやるかというと、別に頭で考えて戦略をきちんと練ったうえではじめたわけではなくて、なんとなくそういうふうになっていく。なんだかわからないうちにそういう使われかたになっていって、あとからその文化でなにが起こっていたのかを振り返ってみて、あれは結局reappropriationだったんだね、と説明するときに用いる用語。

 

日本で使われている「レズ」もそうだし「おかま」も同じ使われかたですね。「使っちゃいけない」と言われても、自分を指す言葉を自分が使いたいように使い直す、自分をあらわす言葉にまつわる意味の決定権を自分のほうに引き寄せようとする。必ずしも一人ひとりが明確にそう意図して使っているわけではないけれど、結果としてそうなっている。

 

定義しなおす、といってもいいけれど、最初は定義しなおすまでいかないこともあるから、自分たちで好きなように勝手に使う。「あれは悪口の言葉だから使えない」と思ってしまうと、自分たちを呼ぶはずの言葉を自分たちが使えない、ということになる。定義しなおす前に、自分たちを指す言葉なんだから自分たちが使って何が悪い、という感じ。そこから再定義にはいっていく。悪い意味じゃなくていい意味で使うとか、バカにするんじゃなくてお互いに褒め合うとか、お互いに仲間として認め合うように使うとか。

 

<つづく>

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