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クィア・スタディーズ入門(5)

2007年12月20日 19:59 ミヤマアキラ
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【クィア・スタディーズ講座】第1回−5「クィアって何? どこから来たの?」

(一連の記事はカテゴリ:クィア・スタディーズから)

 

今回と次回は、クィア・スタディーズがどのようにして生まれたのかというお話です。運動と学問はけっして切り離せないものであることがわかります。クィア・アクティヴィズム(クィア・ポリティクス)は80年代の終わりごろ、エイズ・アクティヴィズムに重なりつつ急激に目に留まるようになり、いまで言うクィア・スタディーズといわれる学問分野もクィア・アクティヴィズムと同じころに出てきます。「包括的」「差異の主張」「問題所在の転換」というクィア・ムーヴメントの特徴は、クィア・スタディーズにも影響しています。



●フェミニズムからレズビアン・フェミニズムへ

クィア・スタディーズは、フェミニズムとレズビアン/ゲイ・スタディーズから学問的に大きな影響を受けている(レズビアン・スタディーズはフェミズムとゲイ・スタディーズの両方にかかわるので、フェミニズムとレズビアン/ゲイ・スタディーズという分け方は厳密には正確ではない)。

 

フェミニズムが学問領域として成立しはじめた60年代、すでに「フェミニズムは一枚岩ではない」と言われていた。「女性とは○○である」という点を想定したフェミニズムの議論に対し、「いや、レズビアンである私はそうは思わない」「黒人である私はそうは思わない」という異論は、着実に出てきていた。クィア・スタディーズの持つ「差異に着目する」という特徴は、フェミニズム(運動と学問)の根本部分にすでにあった。

 

70年代にはレズビアン・フェミニズムが起こる。これは当時のフェミニズムのなかでは大きな力を持っていて、レズビアン・フェミニズムとはフェミニズムの論理的な帰結であると主張された。単純化すれば、「家父長制に反対するならば、女性を愛するはずだし、男性と寝たりすることはできないはず」というような主張がされる。

 

 

●レズビアン・フェミニズムの極論化

レズビアン・フェミニズムにたずさわっているのは、必ずしも女性に対して性的に惹かれるわけではないけれど、「男性に性的に惹かれるのはまずい(フェミニストとして失格だ)」という意識から「レズビアン」を名乗るひとびともいた。逆に、女性に性的に惹かれるひとであっても、「私はレズビアン(同性愛者)として、ヘテロ女性よりも(同じ同性愛者である)ゲイ男性とのほうが話が合う」などとは、口が裂けても言えなかった。

 

「女性として女性を大事にする」ことがひじょうに重視されたので、トランスに対する批判は激しかった。たとえば、MtFMale to Female)のトランスジェンダーに対しては、「女装すればいいと思っているのか。われわれ女性をバカにしているとしか思えない」という批判が論文としてもたくさん書かれていた。FtMFemale to Male)に対しては「裏切り者、せっかく女に生まれたのに男になるとは何事か」という方向での批判が起きた。

 

同時に、レズビアンにおけるブッチ/フェム(いわゆる男役/女役)の関係についても、「女同士でありながら、片方が男のような格好をするのは許せない。男の支配から離れてせっかく自由に生きているのに、女役だからといってハイヒールを履いたり口紅を塗ったりするのはどういうことか」との批判が向けられた。

 

これらは、レズビアン・フェミニズムとそれ以外のレズビアン・コミュニティのあいだに乖離が起こっていった大きな理由のひとつである。というのも、レズビアン・コミュニティにおいて、特に労働者階級や、黒人・ラティーナなどの非白人レズビアンたちにとって、ブッチ/フェムの関係はひじょうに伝統的なものであり、それによってカップル関係を成立させたり、人間関係を築いたりしていたのに、レズビアン・フェミニズム(のメインストリーム)はそのような伝統を頭から否定してしまったからである。

 

 

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●フェミニズムはセクシュアリティを語れない

レズビアン・フェミニストにとっては、女ジェンダーとしてのつながりが大事なのであって、女に対して性的に惹かれることは、あくまでも女性に同志として惹かれることの延長線上にあった。

 

このようなジェンダー分離主義的なフェミニズムに対する反論は、80年代にははっきりとあらわれてくる。中でも有名な論文の一つに、ゲイル・ルービン『性を考える』(Gayle Rubin ‘Thinking Sex: Notes for a Radical Theory of the Politics of Sexuality1984))がある。ここで述べられていたのは、「フェミニズムはセクシュアリティについて語れない」ということ。フェミニズムがジェンダーについて考えるのは大事だが、セクシュアリティについてはフェミニズムではなくて別の形で考えなくてはいけない、と。

 

要するに、ジェンダーとセクシュアリティは、片方だけを考えればもう片方のことも考えることになるというものではない(ジェンダー/セクシュアリティの非還元性)、女性の問題を考えればレズビアンの問題が考えられたことにはならないのだ、ということをルービンは言いたかった(この論文はしばしばクィア・スタディーズの先駆け的な論文として語られる)。ジェンダーとセクシュアリティとは、分けて考察されるべきだ、ということ。もちろん、実際にはジェンダーとセクシュアリティとはそれほど簡単にわけて考察できないのだが(これについては後述)、レズビアン・フェミニズムの流れが優勢であるなかで、ルービンは、とりあえずあえて両者を分けて、ジェンダーはフェミニズムで扱い、セクシュアリティについては、たとえばレズビアン/ゲイ・スタディーズでやるべき、と主張したのだ。

 

<つづく>

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