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セックスなんかどうでもいい

2007年12月28日 01:22 クマ
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[ネタバレ上等! クマのショヒョウ 001

犬身』(松浦理英子・著、2007、朝日新聞社)

2ヶ月くらい前に買ってー、1ヶ月くらい寝かせておいてー、それからほぼ毎晩寝酒のようにチビチビチビチビ読んでたのー。それでも年内に読み終わっちゃった。くすん。おかわりー!

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【内容紹介】

あの人の犬になりたい。そして、人間では辿り着くことのできない、心の深みに飛び込んで行きたい。「自分は犬である」と夢想してきた房恵が、思いをよせる女性の飼い犬となるため、謎のバーテンダーと魂の契約を交わす。ところが、飼い主の家族たちは決定的に崩壊していた。オスの仔犬となった「フサ」は、彼女を守ることができるのか? 『親指Pの修業時代』から14年。今、新たに切り開かれる魂とセクシュアリティ。(amazonより)

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面白かったー。というより、うまいなーと感心したのー。人名、地名など、小説に登場するありとあらゆる固有名詞が犬がらみ。笙野頼子さんもこういう手法使うけどー、音楽やアートまで犬もので統一されてるからさらに芸が細かい。倉橋由美子さんの「KL文学(固有名がKとかLとかアルファベットばっかり)」とは対照的ー。これはこれで効果もあるし好きですけどー。

 

以下、ネタバレありありなのー。

 

世の犬好きや猫好きは、自分が人間であるということは棚上げして、「この世で犬/猫がいちばんえらい」みたいな自己欺瞞話をしがちだけれど、松浦さんは人間界で犬がどんな扱いを受けているかしっかりとらえているし(犬を殺害した場合はせいぜい器物損壊罪)、小説的にも、犬のご先祖格である狼と対比させることによって、犬が人間にとって都合よく改良された種であることを示している。狼の化身らしき朱尾献(あけお けん)という謎の人物の采配で、主人公の八束房恵(やつづか ふさえ)は犬の身に生まれかわることができるのだけれど、犬より狼のほうが魂レベルは高いのねー、って感じ。

 

人間>犬、狼>犬、というヒエラルキーが歴然とあっても、それでもなお犬になりたいと願う房恵の思いはホンモノでしょ。損得じゃないのよねー。たとえ「人権」を剥奪されても、周囲の人間たちのやり取りを傍観することしかできない無力な存在でも、人間に翻弄されるだけの運命であっても、いや、そうだからこそ、自分の運命を託したいと思う飼い主のもとで暮らしたい。その覚悟たるや、さすがは「種同一性障害」。

 

 

さて。ここから、あえて別な話をしますよー。1215日に、「同性カップルの生活と制度 -聞き取り調査から考える現在と未来-というシンポジウムに行ってきたのだけれど、相手が異性だろうと同性だろうと、パートナーとのあいだに法的保障を求めるかたたちって、カップルであることのプラスの部分しか見ようとしていないんじゃないのー? と思った。アメリカでは「配偶者とは、自分を殺す確率がもっとも高い他人である」なんて皮肉な表現が生まれるくらいだし、日本でだって家庭内暴力どころか家庭内殺人が頻繁に起こっている昨今。「わたしはこの人に殺されてもいいんですー」という負の覚悟があってカップル間の保障を求めるならまだしも、「わたしたちはこんなにラブラブなのー。あとは保障さえあればなんの問題もないのー」ってノロケられてるようで感じ悪かったわー。

 

ちょっと言いかたが乱暴だったかしら。言い直すと、パートナーシップ法とか結婚とか、ふたり(あるいは家族)セットで認められる制度って、裏返すと、パートナーとのあいだでお互い(個人)を潰しあう恐れが充分に考えられる諸刃の剣ってこと。ヘテロカップル、ヘテロ家族のあいだですでに深刻化しているディスコミュニケーション(としてのDVや殺人)が、非ヘテロカップルには無縁だなんてけっして言えないでしょ?

 

 

そして、ここで唐突に小説の話に戻しちゃう。房恵は、玉石梓を自分の飼い主にふさわしいとして、フサという名の犬になってかのじょのもとで飼われることになったけれど、飼い主から不当な扱いを受ける、またはフサ自身が飼い主である梓を見限る可能性を、はたして想定していたかしら? 第一の犬生では、梓の家族をめぐるいろんな問題があって、フサは梓を心配し、梓はフサを守ろうとしたけれど、このときの問題は梓=フサにとっては外在的なものだった。

 

では、梓とフサのあいだに内在する問題は? 

 

謎のバーテンダー朱尾献は、犬になりたいという房恵の願いを実現するにあたって、房恵の「魂をいただく」という条件を提示する。房恵は承諾するが、さらに房恵が「犬として幸せな生涯をまっとうした場合に限って」と譲歩し、さらに新たな条件を追加する。「もしあなたが犬になった後玉石梓に性的欲求を覚えたら、生まれて何年目であろうともあなたの犬としての寿命はそこで尽きます。魂はもちろんわたしのものです」。

 

朱尾がなぜこのような条件をつけたのか、最後までわからずじまいだったわー。もちろん、小説の最後まで、フサが梓に対して性的欲求を抱くような場面はないのだけれど。

 

でも。もしかして。

 

性的欲求を抱く、そして性的接触を持つ、そういう機会を重ねる、ということが、パートナーシップを内側から崩壊させる大きな要因のひとつになるのだとしたら?

 

クマはね、人間同士のセックスって、お互いにとって自傷行為なのねーとつくづく思うの。セックスが愛情の確認行為だなんて、とんでもない。愛を性欲の言い訳にするなんて、性欲に失礼よ。信頼を深めあうためのツールとしてセックスを利用するなんて、セックスに失礼よ。セックスすればお互いの心理的な距離が縮まるだなんて、都合のいい思いこみにすぎないわ。それ以外に愛や信頼を深めあう手だてはないの? だとしたら、なんて貧しい関係かしら。

 

ワンナイトラブ、一夜限りの関係を、「遊びのセックス」「相手を弄ぶだけ」といって敬遠する声を聞くけど、じゃあ、遊びじゃない「本気のセックス」ってなに? こわーい。セックスして、それが排他的な性愛関係になって、相手を所有した気になってコントロールするのが当然、みたいな流れになるのが、クマはコワい。それが暴力の温床になる怖れは充分にあるから。だからーー

 

だから朱尾は、いや、松浦さんは、性愛という「見かけの所有関係」に、フサ(房恵)と梓を落とし込むのを避けたのではないかしら。考えすぎ?

 

 

よし、決めた。クマも小説書くー! タイトルは『熊身』。あの人のクマになりたいーー。クマになってあの人にじゃれつこうとしたら、思いあまって殴り殺しちゃうのー。あはっ、話が続かないやー。

 

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