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クィア・スタディーズ入門(7)

2008年1月15日 01:45 ミヤマアキラ
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【クィア・スタディーズ講座】第2回「『異性愛規範』をめぐる小難しい話」(1)

(一連の記事はカテゴリ:クィア・スタディーズをご覧ください)


お待たせしました。講座第2回目のスタートです。今回は、講座第1回の補足をふまえて、クィアとは「立場」や「態度」を表明する形容であることの説明と、この学問分野における「規範」の大まかな定義について。規範は、異性愛社会だけでなく、セクシュアル・マイノリティ社会にもあったりするんですよー。

●クィアは「はずれ者」の立場や態度の表明

前回の補足を兼ねて。Queer(以後、「クィア」とカタカナ表記)のもともとの意味は「奇妙な」だが、現在は性的少数者をあらわす表現として用いられている。ただし、この言葉を「再盗用」するにあたって、「奇妙な」「まっとうでない」という原義が使いやすくしっくりきたというのは、間違いがないと思われる。つまり、具体的な特定のありかたを指すのではなく、ただ漠然と「変」「普通と違う」というように、社会状況のなかでの自分たちのありかたをあらわすのに、一番使いやすい言葉だったということ。

 

90年代以降の英米において、同性愛者の権利運動とクィア・ムーブメントとは同時並行的に進められてきたが、このふたつは必ずしも常に同調しているわけではない。近年の権利運動のなかでもっとも代表的なもののひとつが結婚。同性間の婚姻を認めるかどうか。もうひとつは軍隊。同性愛者、とりわけ男性の同性愛者を軍隊に入れるかどうか。同性愛者の権利運動のなかでは、これらふたつを求めていくという動きが、ひとつの流れとしてはっきりと見られる。

 

それに対して、結婚をし、必要があれば軍隊にも参加するような同性愛者がはたしてクィアなのかという議論が、学問分野のなかだけでなく運動の場においても、かなり以前から出てきている。クィアという言葉を使うときには、あくまでもメインストリームからはずれる立ち位置をあえてとることがポイントだったので、メインストリームの異性愛者たちと同じように、結婚をして幸せに暮らして軍隊に入って国のために貢献することがほんとうにクィアにとって重要なゴールなのかという議論も、繰り返し起こってきた。

 

そういう意味ではやはり、クィアとは、どこか奇妙で、普通ではない、変だ、正当ではないという感覚、態度なのだ、ということは強調しておきたい。

 

「すべてのひとびとは異性愛者でなければいけない」とするheteronormativity(異性愛規範)に抵抗する形でクィア・ムーブメントが起こってきたが、異性愛規範と並行してhomonormativity(同性愛規範)という言葉も出てくるようになった。「同性愛者とはこうあるべきである」という規範が存在するという考えかたで、これはクィアとは矛盾する、と言われることが多い。クィアはあくまでも、なにかの規範に従うのではなく、むしろ規定や規範からはずれる立場をとるという態度や概念だからである。

 

 

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●異性愛は強制力をもった約束事

クィア・スタディーズでは「規範」をよく扱う。規範とは、おおまかに言うと、「社会的な約束事、決まり」。規範のなかには法律の条文のように明言化されているものもあるし、明文化されないものもある。法律の背後に規範が存在することもあるし、そうでないこともある。法律になっているか否かにかかわらず、ひとびとが「こういうものだ」と思っている社会的な決まりごとが規範。

 

しかも規範というのはお気楽な約束事ではなく、特定の社会においては、その約束を破ったときに何らかの制裁や罰を受けたり不利益を被ったりするような強制力を持ったものである。たとえば、男の子はこうするべき、女の子はこうあるべき、という「ジェンダー規範」を侵犯すると、社会的な制裁を受ける。その制裁にはいろんなレベルがあり、クラスの子たちから仲間はずれにされる、親や先生に叱られるというレベルもあるし、過激なケースでは命にかかわる暴力を受けることもありうる。

 

フェミニズムは、伝統的にジェンダー規範を問題視してきた。かなり端折って言えば、メインストリームのフェミニズムにおいては、ジェンダーを男と女のふたつに分けたときに、それぞれのカテゴリにおいてはたらいている規範というのが、分析や批判における主要な対象のひとつとなる。女性の場合には、男性と恋愛して結婚して子供を産まなければならない、男のような仕事をしてはならない、などなどの規範が存在してきたと考えられ、フェミニズムはそのようなジェンダー規範を批判しつつ分析してきた。

 

大まかに言うと、フェミニズムにおいては、現在の社会におけるジェンダー規範は、基本的には家父長制度を支えるものだと考えられている。家父長制とは(さまざまな定義があるけれども、そのひとつとしては)、財産や権力などの物質的な基盤を持つような男同士の関係であり、男性による女性支配を可能にする、男性同士の相互依存や連帯をつくりだし維持する制度である。フェミニズムのおこなってきた家父長制批判は、現在のジェンダー規範への批判と結びついている。

 

もう一方で、アドリエンヌ・リッチが最初に提示した強制的異性愛(compulsory heterosexuality)社会という概念がある。「強制的」というのがポイントで、規範とは強制力を持った社会的な約束事のことだから、強制的異性愛を異性愛規範と言い換えても間違いではないし、異性愛主義(heterosexism)と呼ぶ場合もある(sexismとは性差別主義という意味で、性差別と異性愛が結びついたものが異性愛主義)。そして、強制的異性愛/異性愛規範/異性愛主義への批判、すなわち、現在の社会が強制力を持った約束事として異性愛を要求していることへの批判もまた、行われてきた。

 

ジェンダー規範と異性愛規範は重なり合っているというのは直観的に感じ取れることではあるのだが、それをどう結びつけていくかが問題になる。言い換えると、家父長制と異性愛体制はどこでどう関係しているのか。それをひじょうに明確な形で明らかにして有名になったのが、イヴ・コゾフスキー・セジウィック。次回は、セジウィックの功績について。

 

<つづく>



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