そんな目でオレを見るな!!!
さまざまな分野のアーティストの実像にせまるドキュメンタリー映画「≒(ニアイコール)」シリーズ第5弾。
今回のターゲットは世界的前衛芸術家・草間彌生。
2008年2月2日より、シネマライズ(渋谷)にて公開。
映画「≒草間彌生~わたし大好き~」予告篇
初めて草間彌生に「見られた」のは、20年くらい前の「ぴあ」誌上だったと記憶している。当時の個展の告知だったか評論家による特集ページだったか記憶があいまいだが、とにかく自作インスタレーションに同化するかのように作品中に腰掛けてじっとこちらを見据えているという、いまとなってはおなじみのあのポーズ、あの視線、あの表情に、ひどくドキッとしたことだけはよく覚えている。一瞬にして「こわい」と思った。 被写体として写真におさまり雑誌に掲載されているかのじょは、(当たり前だが)動いたりしゃべったりするわけではない完全な客体だ。かのじょの写真を見ているわたしこそが主体のはずなのに、かのじょはいつも写真媒体を通じてわたしを「見る」。彼女に「見られた」わたしは戦慄する。それ以来わたしはかのじょの視線から逃げ回っている。逃げているにもかかわらずまたしてもどこかの媒体のかなたから目撃されてヒヤリとさせられる。 あの目。カッと見開いたような鋭い三白眼。晩年の岡本太郎の眼差しに似たものを感じるが、圧倒的に「こわい」のは彌生のほうだ。目と目が合っているようで微妙にズレている。かのじょの目はわたしを見据えつつ、わたしの「向こう側」にあるなにかをも見ているからだ。なにを見ているのかわからない。かのじょに見えているわたしは、わたしに見えているわたしとはまったく違うなにかなのではないかと思うと恐ろしくてしかたがない。 一度恐ろしいと感じたら、かのじょのなにもかもが恐ろしく見えてくる。頻繁に用いられる水玉模様のモチーフも恐くてたまらない。じーっと見ているとだんだん胸騒ぎがしてきて落ち着かない気分になり、つい作品から目をそらしてしまう。 と思っていたら今度はこんなドキュメンタリー映画の登場だ。ぎゃーん、こわいー。でも、動いてしゃべっているかのじょを見れば、かのじょに対する根拠不明の恐怖感や緊張感の実体が(せめてその端切れだけでも)わかるのではないか。わかったからといって恐怖や緊張が解消されるとは限らないのだが、なぜ恐いのかわからないことが恐怖に輪をかけていることは間違いないと思う。 わたし以外にも、彌生に関して同じようなトラウマを抱えているひとはきっといるはず。この機会に、あなたの彌生原体験をあらためて見つめなおしてみませんか? 参考URL ・草間彌生(「アウトサイダーアートの世界」より)
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