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クィア・スタディーズ入門(8)

2008年1月22日 20:28 ミヤマアキラ
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【クィア・スタディーズ講座】第2回「『異性愛規範』をめぐる小難しい話」(2)

(一連の記事はカテゴリ:クィア・スタディーズをご覧ください)

 

●「女性の交換論」と「欲望の三角形」

セジウィックが異性愛規範と家父長制についてはっきりと述べているのは、最初の著作である『男たちの絆(Between Men: English Literature and Male Homosexual Desire)』(1986)。セジウィックはこのなかで「ホモソーシャルな欲望」という概念を提示した。

 

この概念がもとにしている理論はふたつある。ひとつは「女性の交換論」。これは文化人類学から出てきた理論で、レヴィ・ストロースやゲイル・ルービンなどが言及しており、単純化して言うと、「家父長制において男性同士の絆は女性を媒介として利用することで維持される」というもの。家父長制社会が機能するためには、男性同士を結びつける糊(絆)のようなものが必要であり、女性はそのために利用される。ひじょうにわかりやすい例は政略結婚。男(=家父長=家)と男(=家父長=家)が経済的/権力的/社会的に結びつくために、娘や姉妹をお互いの家に嫁がせて交換する。女性の交換において男性が絆で結びつくほんとうの相手とは、女性を通じてつながりをもった男性、つまり相手の女性の父兄である。AくんがBさんと結婚したいと思ったとき、その申し入れをする相手はBさんの父であるCさんであり、AくんはBさんとの結婚によって、じつはCさんと強いつながりを持つ。

 

セジウィックが下敷きにしたもうひとつの理論は、ルネ・ジラールが提示した「欲望の三角形」という文学・文化理論。ふたり(Aさん、Cさん)とひとり(Bさん)で形成される三角関係においては、AさんとBさん、またはCさんとBさんにおける異性愛のつながりよりも、AさんとCさんのつながりのほうが強いのだということを、西洋の文学作品の検証に基づいて主張した。

 

要は、性愛で結ばれた男女関係よりもライバル関係にある男同士のほうが絆は深いということ。現代の映画やドラマ、マンガでも似たようなシチュエーションはたくさん見られる。「オレとお前は同じ女を好きになったけれど、あの女はお前に譲るよ」というようなやり取りがなされるが、結局、感情的にもっとも強く結びつくのは「オレとお前」であって、「あの女」は別にどうでもよかったりする。

 

 

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●「ホモソーシャル」+「欲望」=「ホモソーシャルな欲望」

これらふたつの理論を踏襲しながらセジウィックが提示したのが、「ホモソーシャルな欲望」という概念。ホモソーシャルな絆とは、同性間の社会的な絆、とりわけ男性間において家父長制を形成・維持する構造を形づくるような絆を指す。「ホモソーシャル」というのはセジウィック以前から存在する概念で、もともとはホモエロティックな欲望を含まない関係を指すのに用いられていた。ホモソーシャルな絆とは、敬意や利害関係などあくまでも社会的なつながりであって、同性愛的な、ホモエロティックな欲望を介したつながりではないと考えられていたのである。

 

ところがセジウィックは、もともと欲望とは別物であるとされていたホモソーシャル概念を、あえて欲望と結びつけて、「ホモソーシャルな欲望」と名づけた。つまり、女性の交換論における男性同士の関係に、ジラールの欲望の三角形理論を持ち込んだと言ってもよい。女性を介して成立してきた男同士のむすびつきのなかに、欲望の存在を見出した。

 

ホモソーシャルな欲望について説明する前に、「もともとホモソーシャルな絆は、性的欲望をともなわない男性同士の絆だということになっている」ということをまず押さえておくことは重要である。なぜなら、女性の交換を通じて男性同士の排他的なむすびつきが生産・維持されていくホモソーシャルな絆は、当然のことながらフェミニズムにおいてはつねに批判の対象だったからである。たとえば数年前、大学サークルでの集団レイプ事件を受けて、某大臣が「レイプするぐらいの元気があっていい」というような発言をしたが、この発言は「女性を交換できる」男性同士の絆を前提とすることで可能になり、同時にその絆を確認する効果を持つ、その意味で非常にホモソーシャルな発言である。そういう結びつきはもちろんフェミニズムでは絶対的に批判の対象となる。

 

ただし、歴史的にみると、英米でも日本でも、フェミニズムにおいてホモソーシャルとホモセクシュアルの混同がなされ(よく考えれば、ホモセクシュアルな結びつきでは女性を媒介としないのだけれども)、本来ならホモソーシャルな結びつきに対して向けられるべき批判がホモエロティックな結びつきに対して向けられることが、しばしばあった。そのような歴史があるからこそ、そこを一度切り離して確認する必要がある。

 

さらに、現時点においてはホモソーシャルとホモセクシュアルをけっして混同できない理由がある。それは、西洋近代以降(日本にも西洋的な規範がかなり混入しているので日本も当てはまると考えてよい)のホモソーシャルな体制のふたつの特徴的な性質として、ミソジニー(女性嫌悪)ホモフォビア(同性愛恐怖)が挙げられる、ということである。これらの解説は次回に。

 

<つづく>

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