牡牛座 レーニンの肖像

[いぬのえいがひょう] vol.021
牡牛座 レーニンの肖像 (2001) Telets
1922年モスクワ郊外。
1918年の暗殺未遂事件の際に被弾したレーニン。
彼は、被弾の後遺症で、右半身は麻痺、思考も定かではなく、着替えも入浴も満足にできず、妻と妹に見守られ隔絶された療養生活を送る。
レーニン自身でさえも、社会主義革命を成功させたかつての姿を、見失いつつあった。
いまやソビエト連邦の権力は<鋼鉄>の名を持つスターリンが掌握していた。
ここに描かれているのは、けっこう単純な善悪図式かもしれない。
理念を追う革命屋のレーニン。
革命屋が倒れたのをいいことに、革命屋を軟禁し、理念を社会制度造りのためだけに利用するスターリンたち政治屋。
ここでいう「政治」は、政治家の統治だけではなく広義の「政治」。
理念ではなく社会性を最優先とすること。
個人的な関係にさえ、社会の監視の目を君臨させること。
スターリンはレーニンの後継者とされるが、それは制度の後継であって理念の後継ではなかったようだ。
妹のマリーヤは、「家族がいるのに兄さんは自分勝手だ」と責める。
家族への利益を優先せず、全人類の等しい利益を優先することは自分勝手だと責める。
目の前に並んだ食事を見て、「飢えている者がいるのにこんな贅沢を」と怒りを露にするレーニンに、そう言う妹こそ、家族勝手だろう。
権力は腐敗するものと言われる。権力とは制度のことだ。理念は、すぐに制度化される。
統治のための、管理のためのものとなる。それが現実的とされている方法だ。
腐敗故に社会主義は頓挫した。
厳密に皆が助け合うとするなら、社会主義には何も問題はないはずだ。
問題があるとすれば、その前提。あまりに性善説を信じすぎていたのだろう。
逆に、社会主義批判は、性悪説に基づいた現実認識を持っている。
腐敗することが権力の必然なら、社会を有効に動かすためには社会主義は誤りであると。
ヒトという種の社会の腐敗は必然であるといいながら、社会を有効に動かさなければならないと。
社会主義の問題は現実的ではないだけ。
社会主義批判には、それ自身に矛盾があり、矛盾に目を向けない欺瞞がある。
皮肉なこと。
ソクーロフの権力者4部作の『モレク神』(1999)『太陽』(2005)と本作では、権力を持たない権力者の姿が描かれた。
(4作目『ファウスト』は現在製作予定段階)
ソクーロフはこう語っている。
「主たる責任は指導者にはなく、“人民”の中にあることを私は確認します。しかし、この責任から人民は絶えず回避し、ヒトラーたちや、レーニンたちの背後に隠れるのです」
戦争を肯定する社会主義とは共闘しないと明言したレーニン。
戦争は、国家を分断する線引き行為をもって成立するものであり、更に、戦争で真っ先に犠牲になる者が社会的弱者(すなわち社会が弱者へ分断した者)である。
社会的弱者の平等と分断のない富の公平分配を掲げる理念と戦争肯定は相入れないもの。
制度に引き寄せられるほど、理念は蔑ろにされる。
ジェンダーとは、性のありようを「男/女」のふたつに分断する線引き行為である。
100年後の今なら、ジェンダーを肯定する社会主義とは共闘しないと言っただろうか。
意識がさだかではないレーニンは、時にかわいいいぬのように、時に荒れ狂う牛のように唸り声をあげる。
この、上手に身体を動かすことが出来ないレーニンは、肉体的な魅力に溢れている。
レーニンを演じたレオニード・モズゴヴォイは、『ストーン クリミアの亡霊』(1992)ではチェーホフの亡霊を、『モレク神』(1999)ではヒトラーを演じていた。
生と死の境にいるチェーホフの亡霊もセクシーだったが、今回のレーニンはそれ以上。
ヒトラーには全く肉体的魅力は付与されていなかった。
社会性から疎外されることで、肉体は精力を取り戻すのだろうか。
レーニンは車椅子を押してもらい妻と庭を散歩する。
委員会からの電話は、レーニンには取り次がれず、妻が屋敷に戻っていく。
いなくなってしまった妻をきょろきょろ探す。
すぐ、誰を探していたか忘れたのか、レーニンは雲が流れゆく青い空を見上げる。
鳥のさえずりと、風のなびく音。じっと見上げる。いぬのように。
言葉を失くして、走り続けることが出来なくなって、権力を失くしてみるまで、見上げたことのなかった空だったかもしれない。
やわらかな陽光の中で、おだやかな表情のレーニンのまわりには、心地よい草の匂いが漂っていた。
ところで! そんなことより、いぬかわいいよー! いぬってすてき! わんわん!
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【関連情報】
『牡牛座 レーニンの肖像』
現在公開中。
詳しくは配給会社パンドラのサイトから
http://www.pan-dora.co.jp/sys/nakano.php
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監督: アレクサンドル・ソクーロフ
収録:『痛ましき無関心』、『マザー、サン』、『モレク神』
出演: ラマズ・チヒクヴァゼ, グドルン・ガイアー, エレーナ・ルファーノヴァ
言語: ロシア語
字幕: 日本語
販売元: 紀伊國屋書店
DVD発売日: 2007/11/22
時間: 274 分
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