笹野みちるさん独占インタビュー(2)
笹野みちるさん独占インタビュー(1)のつづきです。インタビューといいつつ、デルタGの裏話も全開です。文章で読む「居酒屋アキラ」と化していますが、リアル居酒屋で三者ともリラックスしてフランクな会話を楽しんでいる雰囲気を感じていただけたらさいわいです(2008年3月24日 東京・文京区にて)。
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●プライベートとビジネスの両立は難しい
——赤坂FANGSONG
CAFEをフジモトマミさんとオープンしたときは、それこそ軽いノリや勢いではなかったわけですよね?
笹野:けっして軽くはなかったけれども、最近この言葉を口にするとすごく軽い感じがして嫌なんだけど、「お導き」があるなと思ったんですよ。ほんとうにそうとしか言いようがない。流れに身を任せて、「えいっ」と飛び込むしかないみたいな。で、飛び込んでみたらどんどんいろんな出来事が展開した。不思議な力が働いたとしか思えない流れがあったんです。それまで厨房の仕事をやりたいと思ったことは一度もなかったし、料理を作ったこともほとんどなかったんです。
——ええーーーっ。でもFANGSONG定番「奄美カレー」のレシピは笹野さんがつくったんですよね?
笹野:だから、それも「お導き」で(笑)。料理のことはなにもわからへんから、それこそ勢いで(笑)。たまたまつくってみたら美味しかった。ビギナーズラック? マミさんとも笑いながらよく言ってたんだけど、「バックに神さまがついてる」って。シェフの神さまが(笑)。そのひとが作っただけで、私はなるべく邪魔せんようにした、みたいな。
——カッブルでの共同ビジネスに付き物の課題ですが、プライベートな関係の決裂が先か、ビジネスの方針や価値観の決裂が先か、順序はよくわかりませんが、わたしがつねづね思うのは、たとえばHPやブログを共同運営しているレズビアンカップルってけっこういますが、別れると同時にHPも消えるんですよね。
笹野:ありますよね。
——ネットだろうとリアルだろうと、一緒にはじめた活動が恋人関係の終焉とともに終わってしまうのは、とてももったいないと思うんです。ひとりではできなかったことがふたりならできる、というのはとても素晴らしいことだから、プライベートな関係が終わってもビジネスや共同活動はつづく、というふうに、関係を更新していくことはできないのかなぁと。これはわたし自身の課題でもあると思っていますが。
笹野:でも、実際問題としてはとても難しい。カップルの各々が社会的に同レベルで仕事に馴染んでいて、共同で行う活動もすごくビジネスライクにやっているパートナー同士だったら、うまくいくと思う。でも、通常はカップルだからこそ甘えが出るし、赤が出てポシャるような事業のやり方でも、お互いに目をつぶってもらいながら仕事をする。そこがすごく問題だと思う。感情レベルで修復不可能になると同時に、ビジネスレベルでも修復できなくなるから。その部分の切り替えはすごく難しいと思う。
——デルタGも去年の10月末にスタートして半年経過したわけですが、恋人関係じゃないから、ヘンに感情的にこじれることなく一緒に活動していられるのかなとも思うんです。
——「大切な人とはセックスするな」って、Aさんから言われました(笑)。
笹野:すごい! わかりやすい(笑)。
——セックスしちゃうと、相手との距離を冷静に計れなくなることがどうしてもある。
笹野:あとは、「親しき仲にも礼儀あり」というのを守りきるのがどれだけ大変かと。「セックス」というのを「親しさ」の象徴だとすると、「このひととはセックスしない」というふうに、「親しくならない」と決めるなら礼儀も守れるかも。でも、「セックスもしてるけど礼節もわきまえる」というのは、普通はなかなか難しいよね。
——セックスは悪くないよ。
——そう、設定の問題じゃなくて、運用の問題。
笹野:「親しくなる」ということは、良くも悪くも「距離がすごく縮まる」ということやしね。
——悪いほうだと、関係のありかたやお互いのやりとりが粗雑になる、という問題もある。相手と自分を同一化しがちだから。
笹野:所有関係になりやすいね。滑り込みやすいというか。
——カラダとカラダを触っちゃうと、ココロとココロも触りあえている、ような気がする。
——そう、気がするだけ(笑)。
笹野:流れるように愛し合うってことができれば、なにも問題はないんでしょうけど。
——できないっすねー、それは(笑)。絶対ムリ。そんなひと見たこともないし(笑)。
笹野:川の水が上流から下流に流れるごとく、なんの引っかかりもなく自然に愛し合えるというのは、ピュアな女子としてはすごい理想ですけど(笑)。せせらぎのように愛し合う。それしかないでしょう(笑)。
——それは、一方がものすごく努力してもう一方に意識的に合わせるよう計算しないと無理ではないかと(笑)。
●カムアウト(開示)するとほかの問題に気づく
——近代からの女性運動の歴史をちょっと見ただけでも、レズビアンという言葉を使わなくても「女を愛する女」たちはけっこうたくさんいましたよね。いまの運動にも確実にいると思うけど。
——運動体の中心的メンバーとして引っ張ってきたひとのなかにも多い。レズビアンもきちんと運動にかかわっているのに、女性運動全体をみるとすごくヘテロチック。
——それこそ、レズビアンであると名乗りをあげないで、「こっそり」役に立ってきたんでしょう。
笹野:それはそうだよね。損得勘定からすると、カムアウトするよりしないほうが得かもしれへんけど、要は本人の価値観や性格にもよる。
——カムアウトしなかったら、「カムアウトしないことが問題なのかな?」と思うけど、じつは問題はそこじゃない。カムアウトしてみるとほかの問題に気づく。
笹野:それは無数にあるよね、自分の問題は。私も『Coming OUT!』後の10年は、そんなことばかり言ってきた気がする。だから良し悪しやね。重しをどけたらそこからいろんなものが出てくるけど、重しのせいにしてたらいろんなことを考えなくてもいいしね。どっちを良しとするかはそれぞれの価値観によるね。私はどちらかというと、違和感のあるものはできる限り引きずり出してきた。
——自己開示タイプだ(笑)。このひと(ミヤマ)は他人に対して開示強制タイプ(笑)。どんどん開示させて、周りのひとをみんな泣かせてる(笑)。
——なんか知らないけど他人の地雷を踏んでるらしい(笑)。
笹野:激しく感情的に反応するってことは、必ず自分のなかに何かが起こってるからだよね。
——(ミヤマとは)去年の11月末から一緒に住みはじめて、もう何度も私は泣いて、泣き叫び(笑)、昨日も泣いたし(笑)。
笹野:ひえ〜っ、こわいこわい(笑)。
——わたしは泣かないけどね。泣く時期はもう終わってる。
笹野:洞窟にこもって自問自答している時期があったんですか?
——ありましたねー、穴ごもりの時期は。悶々として辛かったー。
笹野:KAB.の話に戻るけど、私のやりかたとは違うアプローチもあるし、ミヤマさんみたいな荒療治法もあるし(笑)、TPOがあるかもしれない。
——だから、自己開示しないで課題を解決していく、というKAB.のやりかたは、わたしにはとても新鮮で興味深い。確かに、開示するのはハードルがすごく高い作業なんですよね。
笹野:そうそう。ある程度の基礎体力が必要だし。そこまで体力のないひとが取り組んだら死んでしまうかもしれない。手術中に出血多量で死んでしまうように。ある意味、開示するのはハイリスク。でも、つなちゃんにとっては、ミヤマさんに出会ったのがタイミング的にすごくいい時期だったんだろうね。
——去年の10月に、生まれてはじめて占いで見てもらったんです。そのとき、「今年(2007年)中に引っ越す」と言われて、それは確かに計画していたことだから、よくわかったなーと思ったんですよ。
で、色恋は別にいいから、仕事の運勢を聞きました。ちょうどビジネスパートナーみたいなひとを探していた時期でもあったので。そうしたら、「賛成ばかりじゃなくて、ちゃんと批判もしてくれるひと」「自分のキャリアにとらわれないこと」「楽で居心地のいい関係や環境ばかり追いつづけない。ある程度苦手な相手や環境に入っていくようにチャレンジしないと破産する」と言われました。デルタG開設も予定してたから、「あっ、このひと(ミヤマ)かな?」と思ったんですよ。
笹野:占いどおりだった(笑)。
——占いでもなんでも、「大丈夫だよ」って言われてとりあえず不安がなくなったり、「そっか、自分の進む方向はこれでいいんだな」って確認できるのは大事なことだよね。
●苦しいときは神頼み
——セクシュアリティにかかわらず、失業してるひとは多いし、身近なレズビアンにも失業者やメンヘル系が多いから、それもなんとかならないかなーと思います。下手したら映画の『モンスター』状態になっちゃう。自分もそういうことで悩んできたし、その悩みから完全に抜け出したわけでもないから。
笹野:それを言ったら私なんかほんとうに一歩手前みたいな生活ですよ。絶対正社員とかにはなれへんし、メジャー路線で売るのは無理だしやりたくないし、そう考えたらインディーズでぼちぼちやりながら……でもそれだけでは生活できないからね。
赤坂FANGSONG CAFEの話に戻るけど、マミさんとのあいだにいろいろあって、「これはもうこの関係や環境から出ていかなければあかん」と思ったときに、実際問題、食べていくのに困るじゃないですか。店やってたらとりあえず食べるものには困らないし、住むところもあったから。だから、それを捨てて出ていったら、もうどうしようもない。行き先がない。
だから、神さまかなんかわからんけど、そのときはずっと祈ったね。恥ずかしい話だけど、そのときの自分には客観的な判断なんかできんかった。自分の状況を分析したうえで納得するなんてことはできなかったし、今後のこともわからへんし、もう祈り倒すしかなかった。
そうやって、かつてないほどに敬虔な気持ちで祈ってたら、手を差し伸べて助けてくれたひとが何人かいた。それで私は救われた。この先の社会的な保障なんてなにもないけど、これは充分な救いやと思ったし、ありがたかったから、神さまにものすごく感謝しましたね。命がある限りは、生きていくのに困らない最低ラインは絶対に与えられるはずだと思った。
——わたしも鬱々としていたときは本ばかり読んでたけど、あれも祈りの一種だったのかも。鬱抜けするかしないかのころに、つなとよくしゃべるようになり、一緒になんかやろうよ、という話になって。最初はもっと大人数でハウスシェアリングできたら面白いよねー、なんて話して実際に物件を見にいったんですが、結局はつなとふたりで共同生活することになったんです。
——今年からデルタGに占いのコンテンツを増やしたんです。そのきっかけが、引っ越して間もないころにミヤマくんから、「じつは前から何度か通ってるお寺があって、今度お祈りの会があるから、よかったら一緒に行ってみない?」と誘われて行ってみた。その後、お寺のHPがトラブって、私が原因を究明しにいき、「ついでにサイトの更新もしてくれない?」と頼まれ、それで更新作業も請け負うようになったんですよ。やってみたらすごく気に入られて(笑)。
——そしてつなが、「住職さんの占いをデルタGと提携してコンテンツにできないかな?」と持ちかけてきたんです。それを住職さんにお願いしたら二つ返事でOKしてくれました。「面白いことはどんどんやりましょう」って。
——更新作業に関しては報酬の話は一切してなかったからボランティアのつもりだったけど、1ヶ月後に思わぬ金額の報酬をいただいたんです。「あなたもやりたいことを頑張ってください」って。もうびっくり。もともとミヤマくんを介していただいた仕事だったので、これはデルタGの資金にしようということにしました。
笹野:すごいなー。やっぱり、やるべきことをやるために必ず助けてくれるひとはいるんだよね。救いは必ずある。
——笹野さんが祈るようになったのはいつごろから?
笹野:物心ついたときから家庭環境がめちゃくちゃだったし、頭では見限っていても心ではまだ見限れてなかったりしていたから、目に見えるものではないなにかがきっとあるはず、という発想は、思春期のころからもっていたかも。目に見えないなにかが自分を守ってくれているような感覚はあった。ある意味サバイバルだったから、いまから思えば、よくグレなかったなと(笑)。
自分がほんとうに真心をこめて祈る、ということをしはじめたのは、ここ数年かな。感情まかせになってもどうしようもないし、かといって理性的に話してもぜんぜん先に進まないような状況に陥った場合に、感情的にキレることもできたかもしれないけれど、あえてそうせずに、意識的に「祈る」ことをやっていこうとしていた。
たとえば、ブワーッと泣きたいと思った瞬間に、もちろん泣いてしまったこともあるけれども、でもたいていはひとりで神さまに向かっているつもりで泣いていた。自分ではどうしていいかわからへんかったから。自分の力で解決できひんようなことを生身の相手にぶつけることもできるけれど、あえてそうせずに、神さまを頼ってすがりつくような感覚。ひたすら祈るというか、神さまにお願いする。
——1対1の関係じゃなくてトライアングル。実際には目に見えないけど。
——「あなた」と「わたし」と「神さま」?
笹野:相手に言ったら愚痴みたいだから迷惑になるやんか。でも愚痴を言う相手が神さまやったら嫌とは言わないし(笑)。
——密に話し合ったりコミュニケーションをとることはもちろん大事だけれど、とことんやったとしても限界はある。話せば話すほど食い違うこともあるし(笑)、そのときの相手の限界と自分の限界も違う。だったら「祈るしかない」。ヘトヘトになるまで話し合っても平行線で、「別れる!」と言われてもまだ切れなくて(笑)。こんなにしんどい状態をいつまでつづけるんだ自分! と思うとき、なにか目に見えないものに操られているのかなと感じることがある。
——1対1で話し合ってもらちがあかないときは、3人目を入れて話し合う手もあるけど、3人目だって結局は生身の人間だから、話を聞いて分析したり仲裁したりするのにはやっぱり限界があるよね。
笹野:だからこそ、3人目まで傷つけるようなことをしたらあかんもんね。
——笹野さんとお話しして、ずいぶん気持ちが落ち着きました。ここんとこ忘れがちだったけど、明日から毎日お線香あげようって思いました(笑)。
笹野:それいいかも。『般若心経』を唱えるとかね。生活のなかで一瞬でもいいから、清い気持ちを持つようにしておくと、けっこう違うんやろな。人生全般にかかわってくるなにかがあると思うよ。好きなひととトラブって、どうしていいかわからんときは、派手にケンカするとか、ひたすらガマンするんじゃなくて、「お互いにとっていちばんいいようにしてください」と祈るのが大事なんかも。その結果、離れることがお互いにベストだとしたら、それはもうしゃあない。
——離れてみてからじゃないと気づけないこともある。
笹野:そうそう。ただし、祈るといっても「このひとがこうなりますように」と相手に押しつけるんじゃなくてね。
●自分にとっての音楽とは?
——最後にお聞きしたいのは、ある意味、常套的な質問かもしれませんが、笹野さんにとって音楽ってなんですか?
笹野:うーん、ずっと持て余してきたものかな。なんとかしてつかもうと思ってもつかみきれず、手放してみたつもりでもいつの間にかまた寄り添っている、みたいな感じ。
東京少年をはじめたころ、音楽は自分にとって、母親から独立するための武装みたいなものだった。「自分には音楽があるんだから、これでもうとやかく言われる筋合いはない!」みたいな。でも、母親との関係性が変わってきて、自分と音楽との距離感も変わってきた。一時期は、まったく音楽から離れていたときもあったし。離れたり、またくっついたりしている、「腐れ縁の古女房」みたいなものかな(笑)。
たぶん、「自分には音楽しかない! 音楽のない人生は人生じゃない!」というタイプではない。「三度のメシより音楽が好き!」というわけじゃなくて、どちらかというと「三度のメシ」のほうが好き(笑)。
——持て余している、というのはけっこう共感します。わたしの場合は音楽ではなくて、書くことなんですが。書きたい、書こうと思っても、なかなか自分の意志の通りにはいかない。だけど、いつの間にか結局書いている。書きたくないものを書いているわけではないけれど、それをやっていると楽しくてしかたがないというのでもなくて、「なんでこんなことやってるんだろう?」って自問してしまうこともあります。
笹野:でも、いまは結局、自分には音楽しかないのかなとも思ってます。それこそ、川のせせらぎのように自然な気持ちで音楽と寄り添え合えたらいいなと。
——なるほど! 4月のライブ楽しみにしています。本日はありがとうございました。
<おわり>
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