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2001年宇宙の旅

2008年5月16日 10:00 いぬ
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[いぬのえいがひょう] vol.031

2001年宇宙の旅 (1968) 2001 : A Space Odyssey

 

冒頭、漆黒の画面に、“The Dawn of Man”という文字が映し出される。
日本語字幕では人類の夜明けとなっているが、そんな翻訳は却下。
“The Dawn of Man”
これは、男の夜明けである。

男の支配の夜明けである。

 

荒野の一角に集落を作って暮らす類人猿たち。

何故かそこに、小猿はいない。

類人猿たちが岩に生えた草を食べていると、バクが草に寄ってきた。

類人猿は、バクを脅して追い払う。

水溜りの水を飲んでいると、他の集落の類人猿も水を求めてやってきた。

類人猿は、腕を振り上げ暴力性をアピールして、他の集落の類人猿を追い払う。

同じ集落の類人猿同士も、食べ物を分け合わずに奪い合う。

他者への敵意と独占欲に溢れた彼らは、胸を張り外股で歩く。

それは、現代の人類の、男を自認した男の挙動に、とてもよく似ている。

 

ある朝、彼らの集落に、謎の黒い板モノリスが出現する。

恐る恐るモノリスに触れた類人猿に、行動の変化が訪れる。

骨になった動物の死骸。硬い骨をひとつ手に持ち、それを他の骨に叩きつけてみる。

粉々に砕け散る骨を見て、素手よりも破壊力が強い道具というものの効果に歓喜する。

それまでは追い払うしか出来なかったバクを殺せるようになり、肉を食べることを覚える。

他の集落の類人猿を容易に殺せることを覚える。

類人猿たちが火をコントロールする知恵の発見をする顛末を描いた『人類創世』(1981)では、他者を攻撃し支配するためではなく暗闇や寒さから身を守るために火を探したが、『2001年~』の類人猿たちは明らかに攻撃と支配の道具を欲していた。

類人猿は、勝利の雄叫びと共に、骨を空に放り投げる。

動作は、骨を持つ以前よりも更に、堂々と、尊大になった。

その挙動は、現代の人類の、男らしい男の挙動に、とてもよく似ている。

 

長い時が流れ、2001年。

類人猿が他者を支配するために得た武器は、まだ空を飛び続けていた。

骨と似たシルエットの軍事衛星だ。

集落は、国家と呼ばれるようになり、各集落の争いも、まだ続いていた。

 

類人猿の頃とは違った点は、彼らの集落に、男の挙動をする者だけでなく、女の挙動をする者も存在しているということ。

女の挙動をするものの主な役割は、媚びて男を喜ばす宇宙船のスチュワーデスや、男の自尊心の部品となり男を喜ばす主婦など。

科学者の中に女の挙動をする者も数名いるが、彼女たちは会議に出席しているだけで、この話の核心であるモノリス調査計画そのものには直接関与しない。この映画にとって、あってもなくてもいい添え物でしかない。

同年に製作された『猿の惑星』で、最も理知と行動力に溢れていたのは、チンパンジーの生物学者の女性ジーラだった。

夫のコーネリアスが権力に怯え言葉を濁し嘘と分かっている嘘さえ指摘できないのに対し、ジーラは、真実を追究し堂々と権力に異を唱える。

2001年~』の女性たちとは好対照だ。

モノリスは、人類の進化をうながすために人知を超越した何者かが設置したもののようだ。

宇宙旅行をする時代になっても、類人猿の頃と変わらない、集落同士の争いと性役割分業。男らしい虚勢は健在だ。

それは、モノリスの意図に沿ったものだとは思えない。

 

進化という言葉は誤解されやすい。

そのときの環境により適応した性質を持つ種が、そのときの環境に適応する。それだけのことで、優劣などではないというのに、あたかも進化は、劣等生物から高等生物への変化のように捉えられがちだ。「改良」「改善」という言葉と似た意味合いで「進化」という言葉は使われる。適者生存は、環境の要因によって左右される。たまたまそのときの環境にあったものが進化だ。限定的な特殊状況下では暴力的な排他性が種の生存に有利なことがあるかもしれないが、少なくとも、同じ種同士が攻撃しあうことを適応と呼ぶことは、とても出来ないだろう。

 

映画の後半は、木星上空に出現したモノリスの調査に向かう宇宙船ディスカバリーの中の密室劇。

宇宙船に搭載されたコンピューターHAL9000が乗組員への反乱を企てる。

 

人類が作り人類がコントロールしているはずのHALが、人類の思い通りにならない。

モノリスに導かれても、人類は依然として、類似猿の頃からの不毛な支配欲に変化を見せない。

人類は、なんという、出来損ないの生物なのだろう。

 

映画の終盤で、モノリスは、ディスカバリーの船長ボーマンを、光の渦のゲートへの先へ導いてゆく。

その先で、ボーマンは、人類を超越した、スター・チャイルドに姿を変える。

 

はずだった。

 

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スター・チャイルドは、人類の胎児の形状をしていた。

拍子抜けである。

 

それは、人知が計り知れない生命の姿ではない。まだ、まだ、まだまだまだまだ人類でしかない。

モノリスは、人類限定で、限定で、ひたすら限定で、多様性を排除した進化を導いてきた。人類の側も、多様性をひたすら排除し、排除し、排除し続けてきた。

スター・チャイルドが宇宙空間から太陽系を見渡しても、それはまだ、排他的な、地球人類の狭い視点でしかない。

 

モノリスは、人類に進化をもたらすことを諦めるしかないのか。

 

そして、2010年。

続編の『2010年』(1984)で描かれる世界。

2001年、HALは自分を道具として扱うボーマンたちには反乱を企て冷徹な対応を貫いたが、2010年、HALは愛おしく語りかけてくるチャンドラー博士とは穏やかな対話を成り立たせていた。

そして、スター・チャイルドは、モノリスが木星に新たな生命世界を誕生させるのを目撃する。

モノリスはやっと、多様性の排除をやめたのだ。

木星にどんな生物が誕生したのかは謎のままだが、木星の生物は、男を自認した男の類人猿男らしい挙動のような特殊例を、わざわざ繰り返しはしないだろう。

 

男の支配の終焉である。

 

人類は、未知のものに恐怖を感じるという。

モノリスは、未知のものに希望を感じるだろう。

 

ところで! そんなことより、いぬかわいいよー! いぬってすてき! わんわん!

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