「レズビアンを取り巻く人権状況」
2007年12月1日におこなわれた、人権市民会議第2回シンポジウム「つながりあえるか? 〜人権の法制度確立に向けて」での、ミヤマの報告です。当日、ミヤマが持参したレジュメにそっておこなった報告を、文字起こししていただいたものです。「レズビアンを取り巻く人権状況って、それだけじゃないだろ」というご批判もあるかと思いますが、5ヶ月前のミヤマが直面していた状況を、なにも足さず割り引かず、ここにお伝えいたします(元記事はこちら→人権市民会議の活動—第2回シンポジウム)。
デルタG活動報告
(レズビアンを取り巻く人権状況)
デルタG運営スタッフ・ライター
ミヤマアキラ
デルタGというニュース・コンテンツ・サイトを運営しているミヤマアキラといいます。お配りしたレジュメに沿って報告させていただきますが、その前に申し上げたいのは、私はレズビアンだということです。
「レズビアン」は、一般的に「女性を愛する女性」と定義されています。ゲイ(男性同性愛者)の場合と異なり、レズビアンについては公的な調査データがほとんど存在しません。ここ最近、身近な大学生や院生が、セクシュアル・マイノリティをテーマに卒論・修論を書きたいのでインタビューに応じてほしい、アンケートに協力してほしいという呼びかけを受けたことはあります。
ただやはり、公的なデータはほとんど存在しない状態です。ですから、今日の報告も公的なデータ等に基づいたものではなく、ローカルな活動報告となることを事前にご了承いただきたいと思います。
現在のデルタGは試行錯誤の状態で、方針やコンセプトは特に固まっていません。そこで、デルタGがどのように設立されたかについて、また、現在までの活動について簡単にご説明します。
2007年に前大阪府議の尾辻かな子さんが参院選に出馬したことをスタートにしています。西早稲田のパフスペースというレンタルスペースで、レズビアンのスタッフが中心になって運営している「パフナイト」というコミュニティ系イベントが月1回行われており、6月のゲストには尾辻さんが登場しました。
私はそのとき、『私は投票に行かない』というタイトルで1分間スピーチをしました。もともと私にとって選挙の投票に行くということは、あまり関心を持てない消極的な政治参加活動でした。特に、自分は異性愛者ではないということで、なにかと「人並みの人生」から排除されがちな立場にあっては、自分と政治や社会がつながっているという実感はまったく持てないままでした。
けれども、尾辻さんが自分のセクシュアリティを公言したうえで選挙戦に出たことによって、自分が政治から疎外されていると卑屈にならず、正々堂々と「レズビアンにとって住みやすい社会」の必要性を訴えていくことの重要性に気づかされたのです。それは投票という形だけでは充分ではありません。私たちにできる政治的活動は投票しかないのか、とふと考えました。
セクシュアル・マイノリティを公言する国会議員が存在して当然だと思っていたので、私は尾辻さんに投票することを決めていました。しかし、ボランティアとして選挙運動を直接支えることには参加しませんでした。自分には自分のやりたいことがあり、それを実現することで尾辻さんの活動を間接的にサポートすることになればいいと思ったのです。スピーチのタイトルにはそのような意味を込めています。
デルタG設立の話が出たのは、このイベントの直後の初夏でした。レズビアンにかかわるニュースを報道するメディアがないことが大きな理由でした。パフナイトスタッフのひとりであるつなが、ネットを活用してレズビアン用のメディアづくりをしようと持ちかけてきたのです。
私たちがレズビアン・メディアをより具体的に立ち上げようと話し合っていた8月下旬、イギリス在住イラン人レズビアンのペガー・エマンバクシュさんが、本国イランに強制送還される恐れがあるという緊急ニュースを、イギリスに住む
私とつなは、日本にいる私たちにできることは何だろうと考えました。国内の大手メディアにこのニュースを報道するようにはたらきかける時間的余裕はありませんでしたし、はたらきかけてもまともに取り合ってもらえる可能性はあまり考えられませんでした。ならば自分たちで臨時のブログをつくって情報発信しよう、そして、すでに運用されているネット署名の呼びかけくらいはしようということになり、即座に「ペガーさん強制送還反対ブログ」を立ちあげました。私たちがデルタGでやろうとしていたことは、このときすでにはじまっていたのです。
ペガーさんについては、イタリアの人権団体グループ・エブリワンが、イギリス政府への抗議とイタリア政府に対するかのじょの身柄引き受けを働きかけていました。その団体でかのじょのために活動していたのはたったの3人です。私はこのことから、「政治運動は数の問題ではないのだ」「声を受けとってくれるところにきちんと届けば、動く人数が少なくても物事はちゃんと変化する」ということを知りました。
私たちはグループ・エブリワンの活躍を見習って、外務省とイギリス大使館にペガーさんの強制送還中止を要求する声明文を約200人の賛同人署名入りで提出しました。この賛同人の数は一昼夜にも充たない時間のうちに、ペガーさん強制送還反対ブログを通じて寄せられたものでした。かのじょは一時的に強制送還を免れ現在もイギリスにいますが、まだ完全に危機を脱したわけではありません。
10月には山形国際ドキュメンタリー映画祭へ行きました。そこでは、韓国のレズビアン・フェミニスト映像集団WOM(ウム)」が撮った『OUT:ホモフォビアを叩きのめす!プロジェクト』(2007)という作品が上映されていたのです。
この作品は、WOMの監督たちがカメラを持って撮影したものではありません。学校の教師からレズビアンではないかと疑われ、ブラックリストに載せられ、「髪の毛を伸ばせ」「スカートをはけ」「ボーイフレンドをつくれ」などと強制されたり、転校させられたりして悩んでいる10代のレズビアンの子どもたちが、自らカメラを持って自分自身を映す「セルフ・シューティング」という方法で撮影されました。
セルフ・シューティングにはカウンセリング機能があります。自分の身に起こったことを自分で撮影する、編集作業を通じて自己分析を行なう、自己の露出度を自分で決めることができるなどの点で、エンパワメント効果があるのです。そして、レズビアン自らの身に起こったものごとを自分で発信してゆくことは、やはりレズビアンのメディア運動として重要なことだと思いました。
最初にデルタGについて「方針やコンセプトはまだ固まっていません」と申し上げましたが、ひとつだけ、「特殊を極めれば普遍に通ず(Think locally, Act globally)」というスローガンを掲げています。「報道の客観性・中立性」などは嘘っぱちであり、記事の書きかたや伝達のプロセスには必ずなんらかのバイアスがかかったり主観が挟み込まれたりします。なので、私たちはむしろ主観を貫き通します。セックスから政治経済に至るまで、硬軟織り交ぜて主観で切り取り、その主観がどのように主観として成り立っているかをつまびらかにしていこうとしています。
これまでに取り上げたのは、ネパールで性的指向を理由に軍隊を除隊させられたレズビアン軍人のニュース、国内で「同性愛殺人」「レズ殺人」として報道された同居女性殺害事件の報道のありかたについて(1、2、3、4)、アメリカの雇用差別禁止法から「性自認」に基づく差別の禁止がこぼれ落ちてしまったこと(1、2)、韓国の差別禁止法案をねじ曲げようと保守派キリスト教団体が圧力をかけているというニュース(1、2、3、4)などです。また、異性愛主義を中心としない視点による映画評も連載しています。
今日のテーマでもある「つながる」ということについてですが、それに関連したエピソードをひとつご紹介します。2007年11月に韓国で差別禁止法案から「性的指向」を含む数項目が削除されたとき、デルタGはそれに抗議する声明文を出し、国内の人権団体や個人活動家たちに声明文への賛同を募りました。
その際、私たちの声明文が包括的ではないとのご指摘を、セクシュアル・マイノリティの当事者だけでなく、非当事者のかたがたからもいただきました。差別や偏見にさらされているのは当然セクシュアル・マイノリティだけでなく、ほかにもたくさんいます。私たちは自分が置かれている差別的な状況のみにとらわれず、他のマイノリティのひとたちが置かれている状況にも関心を寄せ、共通する課題とそれぞれに特異な課題をお互いに把握しつつ取り組んでいくために、つながりを持って協働していくことの重要性を痛感しました。声明文を出したことで、そのことに改めて気づきました。
最後に、デルタGは手弁当で運営していることをお話します。まったくお金になっていません。この状況は、他のレズビアン・コミュニティのみなさんと同じです。自分たちがやりたくてはじめたことではありますが、日々の生活の糧を得ながら活動をつづけるのがひじょうに難しい状況です。熱心に活動しているひとほどひどく消耗し、燃え尽きて続かなくなります。そうして、結局活動から身を引いてしまったひとたちはけっして少なくありません。
このような活動は無償ボランティアでやるのが当たり前、清貧の精神で行なうべし、というムードが相変わらず優勢です。やりたい活動(厳密には「やる必要のある活動」でもあります)をやってお金を得ることに当の本人たちがある種の後ろめたさを感じたり、活動として不純であると考えられている節があります。しかし、私たちはお金にならない苦しみを抱えてこそ活動であるとは考えていません。自分たちのやりたい活動で生活の糧を得ることによって、より無理なく活動に専念できる体制がととのいます。
また、働くことと生きることはイコールと考えていますし、レズビアンをはじめとした社会的経済的弱者たちにきちんとお金が回る仕組みづくりが必要だと考えています。私たちがやろうとしていることはメディア運動であると同時にある種の起業なのです。何とか、持続可能なコミュニティづくり、メディアづくりをしていきたいです。
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