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アンダーグラウンドから銀座へ!

2008年5月27日 10:00 ミヤマアキラ
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[インタビューシリーズ「セクバラ色の履歴書」002

石原有記さんの来た道ゆく道(2)

 

インタビューシリーズ第2弾は、1978年に『薄荷煙草』でメジャーデビューした石原有記(デビュー時は石原祐)さんの登場です(アーカイブはこちら。幼少時の思い出にはじまり、デビュー前のやんちゃな(?)時代、メジャー路線から離れ、銀座のクラブ経営で手腕を発揮した時代、そしてライブ活動を再開した現在に至るまで(もちろんLな経験談も含めて)、じっくりお話をうかがいました(取材・文/ミヤマアキラ)


●麻薬取締法違反で逮捕!

事務所を辞めてからはバンドを結成し、バンド単位で音楽活動をはじめた。ライブも山ほどやったしデモテープもたくさんつくった。知り合いの店で歌わせてもらったりもした。メジャーでの活動を辞めても歌うことを仕事にしていた。

 

その後、麻薬取締法違反で逮捕される。吸引系ではなく注射系薬物だった。一応なんでも試してみないと気が済まない性格でもあり、また絶対にハマらないという自信もあった。最初は友人のピアニストが捕まり、そのルートをたどって私のところに横浜警察署から逮捕状が届いた。当時はまだ芸能界に名残があったためニュースで大々的に報道され、警察は私のような小物を捕まえた時点でそこまで大事になるとは思っていなかったため慌てたらしく、また友人が「居場所もわかっているし逃亡の恐れもないので釈放してくれ」と要求したところすんなり通って、2泊3日で釈放された(本来なら最低でも20数日間は拘留される)。その後は心配してくれた友人知人から電話が鳴りっぱなしだった。これは私の人生における唯一の汚点かな。

 

この事件を機に、レコーディングからなにからなにまで予定がポシャってしまった。そのときに助けてくれたのが戸川昌子さんだった。当時の戸川さんのお店(『青い部屋』)ではシャンソニエがメインで、深夜枠ではジョニー大倉がロックンロールタイムをやっていた。「ちょうどジョニーが辞めるので、次はあなたがやりなさい」と声をかけてくださった。0時から3時くらいまでの深夜タイムにバンドで入り、窮地を救っていただいた。

 

28歳のとき、どうしてもアメリカに行きたくて、観光ビザ3ヶ月間みっちり滞在した。西にも東にも行っていろんなものを見たり聞いたりした。本当は逮捕の関係もあって国外に出てはいけないはずだったのに、なぜかおとがめなしだった。3ヶ月間じっくり遊ばせていただいて帰国すると、知り合いが店を出すので歌を歌って手伝ったりしていた。

 

 

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●人生を変える運命の出会い

そんなとき、あるひとの紹介で、生演奏のある店で歌ってくれないかというオファーを受け、店のオーナーさんと会って話をした。そこはジャズバンドが入っていて、ジャズを中心にやりたいという方針だった。私も私で、当時企画もののレコードを1枚出す予定だったので、物理的に無理だからと一度お断りした。

 

けれども、どうしてもその店(というよりそのオーナーさん)のことが気になって、半年後に知人と一緒に店に行ってみた。ふたりでけっこう飲んだり食べたりしたのだけれど、会計はトータルで5000円足らずだった。その理由をオーナーに聞いてみると、「ここはライブハウスだから音楽(バンド)をやっている人からはお金をとってはいけない」という不文律があるらしかった。ライブハウスよりは少しランクが上で、食事もできるしお酒も飲めるし生演奏があるお店なのに、お客さんにお金を払ってもらうシステムがぜんぜんできていなかった。「こんな状態で商売は成り立っているの?」と聞くと、「毎月赤字で、足りない分は実家から送ってもらっている」という。

 

私はそれまでにも水商売にたずさわった経験があったので、通常の料金システムについて説明した。すると、オーナーさんは「手伝ってよ」。私は「じゃあ、やりましょうか」。歌い手という名目でその店に入ったが、実質的には店の経営にかかわることになった。

 

店に入ってまずやったのは、それまでやっていたバンドをすべて切ること。それが諸悪の根源だったから。バンド客から金を取るなと言ってきたのはこのバンド連中で、自分たちの仲間が店に来ると、ただ同然で飲んだり食べたりばか騒ぎをさせていた。それは商売でもなんでもない。そして自分の信頼している音楽関係者をバンドとして入れ、役者の卵や歌い手の卵を入れてショータイム形式にした。するとそれが爆発的に人気を博し、外に行列ができるくらいの盛況ぶりだった。

 

 

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●順風満帆の生活に自らピリオドを

実は、その店を手伝うと決めたときからオーナーとは個人的に親しくなり、付き合うようになっていた。彼女は結婚していて、夫と住む本宅のすぐ近くに私と暮らす住まいを持った。それまで一目惚れなんてしたことがなかったが、彼女に対しては初めての一目惚れだった。遊びの人生はもうおしまいにして、仕事もプライベートも彼女とともに生きることに命を賭けようと思った。自分のことは二の次で、彼女と店の経営を第一に考えるようになった。

 

その後、とある芸能事務所に一時所属して、そこのマネージャーが本人に無断で「レ・ミゼラブル」日本初演(1987)のオーディションに応募したら、一次審査に通っていた。結局三次まで通って端役で舞台に出ることになったが、舞台が終ってから店に駆けつけたりして、けっこう一生懸命やっていた。

 

その女性との付き合いは、私が28歳のときからトータルで17年つづいた。ただし、途中4年ほどの空白がある。出会いのきっかけとなった生演奏の店は8年間一緒に営業したが、彼女は私より8つ年上だったこともあり、私が転ぶ前に杖を差し出してくれたり、なにかと助けてくれたので、自分としてはぬるま湯に浸かっている心境だった。

 

3637歳のころ、「私はこのまま大人になっていいのかな。しょうもない大人になって、自分はどうするんだろう?」とふと考え、旅に出ようと思って、自分から別れを切り出した。当然「なぜ?」と聞かれる。「いまの店だってあなたに譲ろうと思っていたのに」と彼女。「いや、それは困る」と私。店の経営はわりとうまくいっていたけれども、もし自分が店や事業をはじめるなら、実地で経営学をきちんと学ばないとダメだと思っていた。

 

 

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●銀座で経営学を学んだ14

経営学を学ぶために、右も左もわからないまま銀座に出た。知り合いが銀座でカウンターバーをやっていたので、まずはそこに交渉して手伝うことになった。その約1年後、店に向かって銀座の街を歩いているときに、もういい年だったけれど格好は若かったせいか、「君、何やってんの?」とスカウトを受けた。「歌ったりバイトしたりしてます」と言うと、相手は名刺をくれた。クラブ経営会社の役員だった。「弾き語りでうちの店に入らない?」と誘われてその店を見にいった。座っただけで数万円といわれるような、超一流のほんとうに華やかな店だった。自分が経営学を学びたいと思っていた希望どおりの店だったので、ホステスはできないから弾き語りからスタートした。

 

そこに入って数ヶ月もしないうちに、オーナーから「あなたは年長者だし、ホステスさんからよく相談も受けているようだし、今後はスタッフに回りなさい」と言われた。もともと経営側路線を目指していたこともあって、自分にとってもラッキーな方針変更だった。その後その店ではスタッフとして約6年半働くことになる。

 

銀座で経営のキャリアを積むには、なるべく多くの店を経験することが必須。店を移るごとに報酬もアップする。私は14年いて4軒だけなので、1軒ごとの勤務年数はわりと長いほうだった。最後に入った店は銀座では超一流の老舗。オーナーはクラブ2軒とカウンターバーを経営していて、私はそのうちのクラブを1軒まるごとまかされ、専務の肩書きで責任者をやっていた。

 

銀座で仕事をしていたあいだ、もちろん経営の勉強をするのが本望だったのでスタッフとしてキャリアを積んだが、それぞれの店にはピアノがあったので、お客さんからリクエストをいただいたときには歌ったし、アフターのカラオケ要員としては必ず引っ張っていかれた。やっぱり、自分の生活や人生のなかに音楽はちゃんと残しておきたかった。歌は自分の生活から切り離せない、自分の一部みたいなものだから。

 

 

<つづく>

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コメント(1)

金太 :

はじめまして。
このHPに初めてきました。
もしかして、石原さんって、、、、
六本木のとある旧ヴェルファーレ近くのRというクラブでお会いしたことのある、あの方かしらと思いつつ。。。

なんだか喉に骨がつっかかってるような変な感じだ。

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