だれがジェニーを嗤えるか?
[名前はまだない 003]
ミヤマ的「the L word」の見どころ
2008年5月22日放送の『ラスフレ』第7話を観て、一気にラスフレ熱が冷めてきた(一応今後もウォッチしつづけるけれども)。熱しやすく冷めやすい自分の癖はどうにかならないものかと思いつつ、今回は別のドラマの話をしようかと。
『the L word』である。「なにをいまさら」な感がなくもないが、巷で話題の作品にはすぐに飛びつかず、ほとぼりが冷めてきたころに手を出してみるのがミヤマである。とはいえ、じつはミヤマはエピソード1からエピソード3の途中まで、ケーブルテレビで放映されたものを2年ほど前にざっと観てはいる。ただし、日本語字幕なしだったのでストーリーの細部を把握していないどころか大筋も記憶のかなたにあり、今回DVDを観直して初めて、「あれ、この回は見逃していたぞ」と気づいた次第。
「the L word」もしくは「Lの世界」でネット検索すれば、数えきれないほどの言及サイトがあらわれるが、その多くは外枠的な情報(スタッフがだれでキャストがだれで、あらすじがどうとか)で、内容に関する分析にはぜんぜん行き当たらない。根気よく検索すれば見つかるのかもしれないが、同じ根気を使うなら、探すより自分で分析したほうが前向きだと思えてきた。
前回同様、ドラマのストーリーは特に解説しないので、観ていないかたにはなんのことやらさっぱりわからないだろう。けれども、分析のために最低限のネタバレはマストなので、どうかひとつ、「ネタバレは知りたくないが分析は知りたい」というご要望はナシの方向でお願いしたい。
*今回の『the L word』評は、日本語字幕付きで市販されているエピソード1とエピソード2を基にしています。エピソード3以降に関しては言及しません(エピソード3の日本語版販売・レンタル開始は2008年8月の予定)。
***
『the L word』の大筋を端的に表現すると、ロサンジェルスのカフェ『The
Planet』に集うL系コミュニティ・メンバーの日常を複合的に綴ることによって織りなされる群像劇である。コミュニティといっても、特定の団体を形成しているわけではなく、仲の良いL系女子同士のプライベートな集まりのことである。
この群像劇中でミヤマが特に注目したいのは、ジェニーをめぐるストーリーである。エピソード1の冒頭で、作家志望のジェニーは男性の恋人ティムと同居するために中西部からロスへと越してくる。隣人は7年越しのカップル、ベットとティナ。ジェニーはこのカップルとの交流からL系コミュニティの仲間入りをし、『The Planet』オーナーのマリーナと恋に落ちる。ティムと婚約しながらもジェニーはマリーナとの関係にのめり込み、抗いがたいマリーナの魅力を「悪魔の誘惑」と表現し、ヘテロ男的な性欲の責任転嫁をしてみせる。
マリーナとの関係がティムに発覚し、ジェニーとティムの仲に亀裂が入る。家を追い出されたジェニーはマリーナを頼るが、マリーナにはフランチェスカという恋人がいることを知ってショックを受け、再びティムとの仲を修復しようと試みるが失敗に終る。
ティムがダメならマリーナ、マリーナがダメならティムへと鞍替えしようとするジェニーは、視聴者から見れば二枚舌を使っているのがもろバレである。しかし、そんなジェニーを軽蔑したり笑ったりすることが、いったいだれにできようか。ここには切実な課題が提示されている。ジェニーにまず必要なのは愛やセックスではなく、暮らしの場である。暮らしの場を確保するために愛とセックスを引き換えにして、ティムとマリーナの双方に「私が本当に愛しているのはあなた」と訴えるジェニーがとても痛々しい。
恋人関係を築く場合、特に恋人と同居して「家庭」を築く際には、双方の経済格差からくる支配/被支配の問題が浮き彫りになる。妊娠・出産のために仕事を辞めたティナはベットの収入で暮らしていたが、ベットとの関係が危うくなってからは、資産家のヘレナがティナの経済的サポート役になり、お金を出すことで主導権を握るヘレナに疑問を抱く。プロテニスプレーヤーのデイナは、ゲストとして招かれたイベントの世話役トーニャの積極的アプローチを受けて交際をはじめるが、トーニャがデイナのマネージャ(コーディネータ)役を買って出たところから、トーニャが自分を金づるにしようとしていることを悟る。
自分が安心できる居場所や関係は、愛/セックスと金を引き換えに築けるものではない。ジェニーは、エピソード2でシェーン、マークの3人でハウスシェアリングをはじめ、少ない収入なりに自分で家賃を支払って自分の居場所づくりと関係づくりをおこなっていく。それ以降のジェニーは、大学で小説執筆ゼミを聴講し、自分のルーツや自分自身のありかたを掘り下げて作家としての力量に磨きをかけるとともに、L仲間のだれよりもフェミニスト意識を高めていく。家のあちこちに隠しカメラを設置して「レズビアンの生態」を盗撮していたマークを、もっとも辛辣に批判したのもジェニーだった。驚いたことに、エピソード2のある回にグロリア・スタイネム本人が登場するのだが(日本で言えば上野千鶴子をテレビドラマに登場させるようなものか)、レズビアンとフェミニストをめぐる会話のなかで、「男をもっとも嫌っているのは、男と一緒に暮らしている女だ」というセリフがグロリアにあてられている。
作中、ジェニーの小説執筆構想イメージとして、サーカス団のひとびとが頻繁に登場する。ドラマが進んでジェニーの自尊感情が確立されていくと同時に、小説構想の緻密化を通じてジェニーのサバイブ体験がより明確になってくる。両親の不仲を思わせるイメージと、泥まみれの破れた服を着て、夜のサーカス団テントを見上げる少女のイメージ。この少女はジェニー自身を投影した人物と思われる。
サバイバーとは、性的サバイバーに限らない。機能不全家庭で育つこどももサバイバーである。レズビアンになることと過去のサバイバー体験を想起することは必ずしもセットではないが、男性中心主義社会というこの世の仕組みを知らず、男性の承認を得なければ「女として」不完全であるという恐怖をサバイブしているうちは、自分がサバイバーであることに思い至りにくいと考えられる。
エピソード2の後半では、ジェニーはより深刻な混乱のさなかにあるが、この先かのじょがどういった変遷を辿るのか、ジェニーのビルドゥングスロマンとしての「the L word」に注目していきたい(どのみちテレビドラマはソープオペラの域を出ないのであまり期待はできないが)。
***
次回も「the L word」ネタでいきます。巷で人気の高いシェーンに注目。ちなみにミヤマが好きなのは、シェーンの「雇い主」である映画プロデューサー、ヴェロニカです。
トラックバック(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: だれがジェニーを嗤えるか?
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.delta-g.org/mt/mt-tb.cgi/414























ミヤマ 様
お世話になっております。
貴記事につきまして、エントリいたしました。
お時間あるときにでもご覧いただければ幸いです。
いろいろありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。