コロッサル・ユース
[いぬのえいがひょう] vol.035
コロッサル・ユース (2006) Juventude Em Marcha
移民労働者たちが多く暮らすリスボン郊外の古びた町。
住民たちは、土地開発によって建てられた集合住宅への強制移住が決まっている。
この町で長いこと妻クロチルドと暮らしてきた初老のヴェントゥーラは突然、クロチルドに捨てられる。
クロチルドは、窓からクローゼット、チェアー、ドアを放り投げ、ヴェントゥーラの一張羅のスーツを詰めたトランクも取り上げて、怒って出ていく。
その原因は何だったのか、具体的にも抽象的にも描かれない。
男が女に愛想を尽かしたとしたなら理由を描かないと鑑賞者は納得できないだろうが、女が男に愛想を尽かした理由など描く必要はない。
それが、男(男と設定された男)と女(女と設定された女)の関係というものだ。
ヴェントゥーラは、彼自身が「子供たち」と呼ぶ、町に住む若い住民たちを訪ね歩く。
小さな子供と暮らすヴァンダは、子供のおかげでドラッグをやめられたと語る。
美術館を訪ねて、警備員の話を聞く。かつての故郷の島での貧しい暮らしと、それなりに不足のない警備員の暮らし。
小さな暗い小屋に住むレントのもとを訪ねるたびに、ヴェントゥーラは必ずポーカーし、妻への手紙を代筆してほしいと呟く。
誰を訪ねても、それぞれの生活が空気に染みこんでいる。
彼らのもとで、ヴェントゥーラは饒舌に言葉を紡ぐ。
酒をくれ、と、酒を飲む。
役所の役員が、集合住宅の部屋へ案内する。
真っ白の真新しい壁紙。家具も何もないまっさらな部屋で、ヴェントゥーラは寡黙になる。
子供たちや妻と住むのだとヴェントゥーラは言葉を絞り出す。
役員は、ヴェントゥーラの申請書類には子供ありの記載はないと言う。
酒は飲まない。
ヴェントゥーラは妻クロチルドへの手紙を幾度も暗誦する。
「愛しき妻へ 今度会えれば30年は幸せに暮らせるだろう。お前のそばにいれば力も湧いてくる。土産は10万本のタバコと流行のドレスを10着あまり。車を1台。おまえが夢見る溶岩の家。心ばかりの花束…」
繰り返し暗誦するたび、ヴェントゥーラは美しい手紙だろうと語り、手紙は少しずつ長くなっていく。
クロチルドが出ていったことについて「クロチルドに似た女が出ていった」とヴェントゥーラは言う。
自分に都合のいい彼女だけが本当の彼女であって、自分を捨てたクロチルドはクロチルドではないと。
そんなヴェントゥーラが「美しい」と褒め称え繰り返す手紙の文句は、ヴェントゥーラ自身ともクロチルドとも関わりのない空疎なもの。
ヴェントゥーラ自身に対しては言葉の美が空疎さを覆い隠すが、その美は他者であるヴェントゥーラには通じる筈もない。レントに代筆して貰っても、実際に手紙を出す気はないのだろう。
繰り返し、繰り返し、一日一日が、まわってゆく。
若い住民を訪ね歩くことで、自身の過去を辿って、遡って、同じところをぐるぐると回ってゆく。
忙しくても、退屈でも、考えることを失くし、酒を飲み、同じところをひたすらに辿る。
それが生活というもの。
集合住宅の白い部屋には過去の刻印がない。
どこまでもつづく白い壁に、ヴェントゥーラは、立ち尽くし、言葉を失くす。
『カリガリ博士』(1919)の、抽象的な図形が不安を煽る、表現主義的なセットのようだ。
抽象が、生活を圧倒する。
生活の積み重ねによって形づくられた自分は、生活のないところでは存在を失くす。
酒飲みは、何故、酒を飲むのだろう。
毎日のように酒を飲んでいるかたは、酒を飲みながら、はじめて酒を飲んだ日に何故酒を飲んだのか、ふと思い返すことはあるのだろうか。
ヴェントゥーラは、過去に想いを馳せる。
しかしヴェントゥーラは、はじめて酒を飲んだ日以前のことを思い浮かべていない。
泥臭い、酒臭い、生活の、ひたすらな生活の、過去。それ以前は生活ではない。
酒を飲む生活は、はじめて酒を飲んだ日の後にはじまっている。
生活は、繰り返すことによって、つくられた形式だ。
この映画で描かれる、生活は、果てもなく淡々と美しい。
美しい形式だが、美しさは、美しさに留まり続ける。
クロチルドへの手紙の文句の繰り返しと同じ、生活の反復によって身動きが取れない美しさだ。
映画の最後、ヴェントゥーラは、ヴァンダの部屋のベッドの上に寝転び、窓から射す午後の陽射しを浴びてまどろむ。
ただ、陽射しを受けて寝そべっている。
陽射しを浴びて寝転ぶことを、生活とは呼ばない。
ヴェントーラは、酒の前の、生活の前の、過去を、感じているだろうか。
生活は美しく、その美しさは、陽射しの心地良さを忘れさせてしまう。
暗い薄汚れた町と、あたたかい陽射しと、白い無機質な壁と。
何故、それぞれがそれぞれを、打ち消しあうのだろう。
ところで! そんなことより、いぬかわいいよー! いぬってすてき! わんわん!
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