ぼくを葬(おく)る
[いぬのえいがひょう] vol.036
ジャコモ・カサノヴァの「恋愛における最高のときとは、階段を昇っているときだ」という言葉と対比する形で、ミシェル・フーコーは1982年のインタビューで以下のように語っている。
同性愛者は、むしろ次の類のことを言うでしょうね。「恋愛における最高のときとは、恋人がタクシーで去るときだ」と(ミシェル・フーコー『同性愛と生存の美学 』 増田一夫
訳 哲学書房 刊)
ここでいう同性愛者は、男性同性愛者のこと。
男性同性愛者は、文化的に同性愛が禁じられている一方、性行為を行う機会には恵まれている。
(同性愛が抑圧された性規範を持つ社会は、女性よりも遥かに大きな度合いの自由を男性に与える。このことは男同士の性的関係に対しても一定の寛大さを許した、とフーコーは言う)
異性愛者のカサノヴァのようには関係の階段を昇ることが容易ではなく、階下での性行為に閉じ込められがちの男性同性愛者にとっては、性行為とは違う関係の片鱗を、より大切なものと感じる。
フーコーが、恋人がタクシーで去る場面に託して語ったのは、許された小さな記憶を繰り返し反芻して、同性愛者たちが関係を温めてきた、記憶のゲットー化の歴史だったのだと思う。
抑圧され息をひそめた同性愛者ではないオープンなゲイのフランソワ・オゾン監督の『ぼくを葬る』は、フーコーのインタビューから23年後、2005年の作品だ。
パリで活躍するファッション・フォトグラファーのロマンは、末期癌を宣告される。余命は3ヶ月。
ロマンは、なかなか理解しあえなかった家族に対してはこのことを秘密にすると決意。
恋人のサシャには最後の性行為の後、別れを告げる。
あたたかい関係のありかと目されがちな家族や恋人との関係はロマンにとって幻だった。
この世で最後に記憶を刻む居所は、ロマン自身が見つけてゆく。
ロマンは、このあと、やさしく、あたたかな関係の可能性を実らせてゆく。
(ここについて、あえて触れないでおきます。映画を観ていないかたは、ロマンの軌跡に、何かしら考えることがあるでしょう)
そして、ロマンが最後に記憶を刻む場所に選んだのは、熱い陽射しが照りぬける砂浜だった。
子供たちが駆け回る家族連れの海。
若者たちが大勢で騒いで笑いあう海。
夜を待つ恋人たちがたわむれる海。
これが異性愛者の物語であれば、そういった、定型的に社会に共有された場面の回想シーンを入れるところだろう。
「存分に生を満喫していた遠い夏の一日、あのときの海と同じ場所に最後に僕は戻ってきた」そんな感傷と共に。
ロマンの過去にある海の記憶がどんなものだったのかは全く描かれない。
そこは意図的なものだと思う。
記憶の断片は、わずかな断片でしかないからこそ大切に抱えきれる。
街には、異性愛者が記憶を刻める場所に数えきれないほど溢れている。
数えきれないほどの選択肢がある故に、個別の経験は、どこかで聞いたような例え話に落ち着いていく。繰り返される異性愛の記憶は散漫な類型。
ロマンの過去の海の記憶を描かないのは、それぞれの同性愛者の記憶が、類型に落としきれない個別のものだからではないだろうか。
フーコーは、恋人を見送るタクシーに、たくさんの記憶を積むことを禁じられた同性愛者の哀しさを託した。
タクシーは、例え話であると同時に、例え話ではないリアルである。
朝露に濡れた明け方の冷えた街。タクシーのドアが閉まる音、走り去る音。恋人は、後部座席から振り向いてくれたかもしれない。
哀しくても、代替のきかない大切な記憶。
記憶は抽象的な記号の断片。
類型の断片ではなく、走り去るタクシーを、真夏の陽射しの熱さを。
オゾン監督が見せてくれた、ロマンの幸せそうな死に顔に照りつける陽射しの熱さ。
その至福に何を託すかは、記憶のゲットー化を被っている、すべてのマイノリティに個別に開かれている。
ところで! そんなことより、いぬかわいいよー! いぬってすてき! わんわん!
【関連サイト】
・「ぼくを葬る」DVD
・『同性愛と生存の美学 』ミシェル・フーコー
増田一夫 訳 哲学書房 刊
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