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メフディさん手記邦訳

2008年6月14日 13:04 ミヤマアキラ
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メフディさん難民申請受理される!の記事でご紹介した、メフディさんの手紙全文の邦訳を掲載します。リンク元記事や関連記事と併せてお読みください(邦訳協力:キリハラ キリ)。



メフディ・カゼミさん、英国への難民申請受理される2008年6月1日)

 

メフディ・カゼミさんはこの手紙を友人や支援者に宛てて書きました。

 

友人のみなさまへ

 

2008年5月19日(月)、私は英国政府より今後5年間の滞在が許可される難民として認定されたことを知りました。とても嬉しいです。私を心配して必要な支援をしてくださったり、困難なときでも懸命に助けてくださったりした英国、オランダ、イタリア、その他ヨーロッパ各国、カナダ、米国、そして世界中の方々にお礼を述べたいと思います。いまの私があるのもみなさまがたのおかげです。みなさまがたのご助力がなければ、いまごろ私は生きていなかったことでしょう。みなさまがたのご尽力は決して忘れません。

 

また、私のためにキャンペーンをしてくださったすべての機関――特に、エブリワン・グループ、ドイツCOC,IRQO、ヒューマン・ライツ・ウォッチ、UK・ゲイ・ニュース、私の話を取り上げて世間に私の苦境を知らしめてくれたインディペンダント紙にお礼を申し上げます。それから、英国議会およびオランダ議会の議員のかたがた、とりわけボリス・ヴァン・デル・ハム氏、そして欧州連合、マルコ・カパット氏、マルコ・パネラ氏、ソフィア・イント・ヴェルド氏、なかでも英国政府に対し私を難民として認定するようにと発言したマイケル・キャッシュマン欧州議会議員にお礼申し上げます。さらに私は、英国内務大臣宛に難民認定へのお礼の手紙を書き、英国議会、ドイツ議会、欧州議会の議員諸氏へもそのご助力に対してお礼の手紙を書きました。オランダで私の代弁者として活動していただいたB.A.パルム氏、英国での私の代理人であり二度目の難民認定申請をするにあたりご協力くださったローレンス・ルピン・ソリシターズのガブリエラ・ベッティア氏へもお礼申し上げます。

 

さらに、いくつか特別なお礼を申し上げたいと思います。まず、地元の国会議員であるサイモン・ヒューズ氏とスタッフ・チームのみなさんへ。ヒューズ氏は私の生命が深刻な危機に晒されていると知ると、200612月に予定されていた私の国外追放処分を保留するよう内務大臣に要求してくれました。私に生きるチャンスを与え、奇跡を起こしてくれたのです。この仲裁がなかったら、私は今日ここにいなかったでしょう。彼はそのとき私のために駆けつけてくれて、今年4月に結局は私が英国へ送還されたときにも駆けつけてくれました。彼がいなかったら私が難民認定されたかどうか分かったものではありません。

 

また、最大限の感謝を2人の叔父に贈ります。叔父たちの支援、そのままの私を受け入れてくれたこと、骨折り、私のためにしてくれたこと全てに対して、とりわけ彼らの愛情に感謝します。このような人たちを叔父に持ってとても幸運です。そしてそんな叔父たちをとても誇りに思っています。

 

私の人生は、以前の恋人が処刑されたと聞いたときから非常に困難なものとなりました。自分の身になにが起こるのかと非常に怯え、英国への亡命(難民認定)を求めました。私は英国の人々が同性愛を受け入れ、英国政府は人々にセクシャリティ問わず平等の権利を与えていることを知っていました。だから、難民認定申請が却下されたときはショックで非常に失望しました。私はもっと期待していたのです。英国の人々と同じ権利を与えられると思っていましたし、そのとき私が置かれていた困難な状況を英国政府は分かってくれると考えていたのです。

 

私はどうして自分の難民認定申請が却下されたのか理解に苦しみ、却下の判定を下した人物は私の訴えを聞いていないと思いました。私は訴えが退けられるとすぐに拘留され、事は矢継ぎ早に起こりました。ブライトンの学校に通っていたのですが、あっと言う間に私に対する国外追放命令の書類にサインがされ、数日のうちにイランへ戻されることになってしまいました。私は愕然とし、自分は死の淵にいると感じました。イランへ戻ってから国外追放の決定に対して上訴できるだろうと言われましたが、そんなことが本当にできるだろうか、と思いました。誰が訴え出るのだろう? 私の死体が? そのとき私は私を救うことができるのは奇跡だけだと分かっていました。

 

この時点で叔父が――私が英国に来たころは一緒に住んでいたのですが――地元の国会議員サイモン・ヒューズ氏に連絡を取りました。彼はすぐに国外追放の延期を採りつけてくれました。私はもう一度チャンスをもらえたことが信じられませんでした。私は一時的に釈放されましたが、数ヶ月後にはまた同じ状況になってしまうのではないかと、とても怯えていました。私は英国国内では安全ではないと自覚していたので、逃げることにしました。カナダへ行きたかったのですが、チェコで拘束され、ドイツへ送られ、その後オランダへ脱出しました。オランダにはゲイのイラン人亡命希望者のための特別な場所があり、公正な法律もあると聞いていました。

 

オランダで難民認定申請をした後、そのままオランダで約1年を過ごしました。とても苦しい1年でした。亡命希望者は法的権利を持っていません。許されているのは息をすることぐらいです。オランダでは、わざわざ私を助けてくれる人たちと出会い、この人たちとはとてもよい友人となりました。近いうちに彼らに会いにオランダへ行きたいです。結局、私の難民認定申請は、今回はオランダで、再び却下されました。理由は、欧州連合規則の定めで難民申請は最初に到着した国でしかできないから、というものでした。私はこの決定に非常に動転し、とても落ち込みました。自分の命を守るために頑張ってきたしできることは何でもやったのに、それが何にもならなかった、他の人にできることだってもうこれ以上はない、と思いました。もう沢山でした。とにかくすべてを終わらせたかったのです。これ以上生きていたくありませんでした。

 

4月に英国に戻りました。非常に恐かったですが、叔父たちに再会できたのはとても嬉しかったです。ずっと叔父たちに会いたいと思っていましたから。そして地元のサイモン議員にはとても感謝しましたし、また彼に元気づけられもしました。彼は自分にできることなら何でもすると言ってくれたのです。英国へ戻ってから私はすぐに叔父たちとサイモンに会いました。彼は私の話をよく聞くために時間を割いてくれました。彼は私が経験したことについて尋ね、内務大臣と政府になぜ私が英国に留まることを許可されるべきかを伝えると説明しました。それから彼は新たな難民認定申請に協力してくれる弁護士を紹介してくれました。その弁護士、ローレンス・ルピン・ソリシターズのガブリエラが一生懸命私のために働いてくれて、私を助けてくれたことを本当にありがたく思っています。また、サイモンは私の難民認定申請を支援するための手紙を内務大臣宛に書いてくれました。私はこんなに沢山の援助を受けられるとは予想していませんでした。この国に私の窮地をなんとかしようとしてくれる人々がいることに私はとても感動しました。

 

英国政府が私を難民として認定すると知らされたのは月曜日でした。どんなに嬉しかったか言葉では言い表せません。これまでの人生の中で一番素晴らしいニュースです。私はホッとして、ただただものすごく嬉しいです。再び人生をスタートさせることができるのだ、将来の計画を立てることもできるのだと感じています。私は、数年前に窮地に陥った時点で中断されてしまった人生の続きを再開できるのです。いま、私は英国に帰ってきて叔父の一人と一緒に暮らしています。勉強を続ける計画も立てているところです。ぜひとも大学へ行き薬学を勉強したいです。

 

私は未来にワクワクし、もうできないと考えていたことすべてをやってみることをとても楽しみにしています。でも故郷の家族や友人に会えないのは寂しいです。イランが懐かしいです。イランは私の出身地であり、祖国です。英国の人たちが持っている権利をイランの人たちが持っておらず、それゆえ私がいま現在イランに住むことができないのはとても悲しいことです。いつの日か、私がイランでも安全に過ごせるようになり、再び祖国に住むことができるように願っています。また、私と同じような状況にいる人々も私と同様の権利を得て、命を脅かされることなく、住みたい場所に住み、その人のセクシャリティに関わりなく自分が自分でいられる自由を持つことができるようにと祈っています。

 

とにかくいまは、ここにいることができて無事でいられることをとてもありがたく思っています。英国、オランダ、イタリア、ヨーロッパ各地、カナダ、米国、そして世界中のかたがたに対し、私を理解してくれて、私の生きる権利や、私が私であり、そうありたいと願う私であってよいという権利を与えてくれたことに、もう一度お礼申し上げます。

 

いまはこれ以上申し上げることはありません。マスコミ関係のかたがたと接することは遠慮させていただきます。自分の命、安全、安心を守りたいのです。私はただありがとうございましたと言いたいだけなのです。

 

メフディ・カゼミ

2008年6月1日

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