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制度化される以前の欲望

2008年7月26日 10:00 ミヤマアキラ
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水の中のつぼみ(2007

Naissance des pieuvres

 

東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で予告編が上映されていて、お目当ての本編たちよりも気になってしまってすぐ観にいった映画。公式サイトはこちら。東京・渋谷は8月1日までの上映。

 


メインの登場人物は3人の少女たち。痩せっぽちのマリーと、おデブな親友のアンヌはともに15歳。上級生のフロリアーヌはシンクロナイズド・スイミング・チームのキャプテンで、マリーはかのじょの美しさに、まだ輪郭のはっきりしない欲望を刺激される。

 

3人の共通点は、いつも不機嫌で、無愛想で、ぶっきらぼうで、つっけんどんなところ。そんなかのじょたちを見ると、愛想の良さとは社会的訓練の末に習得されるスキルなのだなと気づく。それは、少女たちにデフォルト的に備わっている資質ではけっしてない。

 

そして、セックスもまた、社会的訓練を経て習得される制度化された欲望だ。

 

アンヌが出場するシンクロの競技会へ行ったマリーは、フロリアーヌの華麗な演技と美しさに魅了され、なんとかしてフロリアーヌに近づこうとする。「なんでもするから、練習を見学させて」と頼み込むマリーを、気のなさそうに招き入れるフロリアーヌ。フロリアーヌたちの練習を、プールのなかに潜って見続けるマリー。水上では笑顔を絶やさないかのじょたちだが、水面下では手足を激しく動かしている。「見る」ことを通じて、マリーのフロリアーヌへの欲望はさらにかき立てられる。

 

しかし、これはレズビアンを描いた映画ではない。ボーイ・ミーツ・ガール式の青春恋愛映画が、しょせんは制度化された性的欲望に取り込まれる“小さな大人”を描いたものでしかないように、同性愛映画も性愛の対象を同性に置き換えただけの、すでに安全で理解可能な制度を引用反復してしまっている。

 

マリーは、「女の子を好きになっちゃった。どうしよう」などとわかりやすく悩んだり、アンヌに相談したりしない。なぜフロリアーヌを好きなのかも自問したりしない。理屈よりも先に、名づけられない欲望に駆り立てられる。その欲望は、フロリアーヌとキスしたいとかセックスしたいとか、安易に共感しやすいお決まりの形をとらない。だから、制度化された欲望を「自然」なものだと感じている面々にはきっと、マリーの欲望を理解できないにちがいない。

 

マリーは、フロリアーヌがフランソワとのデートの口実に自分を利用したり、男(の子)たちといちゃつく姿を見せられたりするたびに傷つくが、遠征に連れて行ってくれたり、優勝メダルをくれたりするフロリアーヌとともにいると、かのじょの言いなりに行動してしまう。フロリアーヌが捨てたゴミ袋をこっそり持ち帰って袋のなかを漁り、口紅のついたティッシュの匂いを嗅いだり、丸かじりしたリンゴの芯に残ったかすかな果肉をかじりとってみたりして、マリーはおさまりどころのない自分の欲望を持て余す。

 

大人びた美人のフロリアーヌは、男(の子)たちからわかりやすい欲望の対象とされ、自らそれにふさわしい対象となるべく、性的に活発であるかのように振る舞う。そのため、女の子たちからは異性関係が派手だと見られ、敬遠される。かれらかのじょらの前では手慣れたふりをして男(の子)たちと官能的なキスを演じるが、フランソワといざセックス(挿入)しようとすると身体が拒絶する。その悩みを、マリーだけに打ち明ける。

 

「セックスよりも初キスが大事」なアンヌは、フランソワへの恋しい思いを本人になんとかと伝えようとし、雑貨店で万引きしたネックレスをフランソワにプレゼントする。しかし、フランソワはそのネックレスをフロリアーヌにプレゼントしてしまう。フランソワはフロリアーヌとのセックスが「未遂」に終わったその足でアンヌの家を訪れ、アンヌ相手にセックスをする。アンヌは、自分の恋心がフランソワの性のはけ口に利用されていることをわかっているが、フランソワは単純にも、アンヌを好きだと思い込む。かれの無自覚の欺瞞に、アンヌはささやかな復讐をする。

 

制度化される以前の欲望は、野蛮で残酷だ。

出口が定まらず、自分の体内をひりひりと焼きつけながら経巡るばかり。

 

水。

形の定まらない水は、容器に合わせてその姿を変える。

海の水とちがって、プールの水は水質と温度を管理されている。

にもかかわらず、水は、そのなかに潜るものの全身を官能でつつむ。

水は、一瞬、ひやりとした感覚で体温を奪い、意識を覚醒させるが、

水をかきわけかきわけするうちに、その者の体熱を高め、意識を昂らせていく。

 

原題の「Naissance des pieuvres」とは、「蛸の誕生」との意味。

「蛸」とは、水中で激しく手足を動かすシンクロのさまをあらわすとともに、

フランス語で「厄介な者」という言い回しを意味する同語にひっかけ、

「女という厄介な生き物の誕生」という隠喩を含んでいる。

蛸は、水と同じく、形の定まらない軟体。

体組成のほとんどが水分で、水によくなじむ。

水がなければ干上がってしまう。

だが、シンクロ少女たちは、微笑みながら溺れているように見える。

ときには必死さを隠して、ときには必死さに気づかないまま。

 


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