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話し足りなかったこと、後から思い起こしたこと

2008年9月 9日 15:53 ミヤマアキラ
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ヌエックWSその後

 その後、tummygirlさんがWSの感想エントリをアップされ、それを受けて思ったことや、WSのときには話し尽くせなかったこと、そういえばこんなこともあったよな、なんてことを、書いてみようと思う。もしかすると「クィアなコミュニケーション空間」というテーマから逸れてしまうかもしれないけれども。


●「レズビアンによるレズビアンのための」を避けた理由

理由はひとつではありませんが、WSのときにお話ししたのは、そもそも自分は性的指向よりも性自認に関して引っかかりがあったから、というものでした。「レズビアンっていう以前に自分ってそもそも女なの?」みたいな疑問がずっとあったわけです。物心つくかつかないかのころから、見知らぬ通りすがりのひとも含めた周囲から、「お前は男か女かどっちかのか?」と突きつけられつづけ、女子トイレに入ろうとすれば、なかから出てきたひとにギョッとされたり掃除のおばちゃんに「ここは女子用だよ」とご親切に教えていただいたり、学校でも男の子のグループにも女の子のグループにも入る気がしなくて(ついでに書くとあまり子ども扱いされたこともなく)、わりと浮いている変な子だったりしてました。

 

かといって、レズビアンのイメージが自分にとって都合の悪いものだとはぜんぜん思いませんでした。ポルノグラフィックなイメージといっても、そんなの自分が体験してきたレズビアンセックスに比べればちゃんちゃらおかしいおままごとみたいに思えたし、「レズビアンが淫乱、好き者で何が悪い?」とも思っていました。20代のころ、とあるAV監督さんに、「あなたは絶対レズビアンAVを撮るべきだ!」と力説されましたが、「でも、リアルなレズビアンセックスって、ほんと地獄絵図ですよ?」と返したら、そのかたは黙ってしまいました(笑)。

 

もうひとつの理由は、アイデンティティ・カテゴリと読者層のマーケティングの関連から。あまり大きな声では言えませんが(形式的にでもこうやって言い訳しなきゃいけない気分になるのがアイデンティティ・カテゴリ優先意識の問題点かも)、わたくし『フリーネ』も『アニース』も『カーミラ』も読んだことがございません。

 

なんで読まなかったかって? 単純に興味がわかなかったからです。「レズビアンによるレズビアンのための」とか「女の子のための」という固定的な切り口が、もうダメ。「レズビアンについて語る」とか「レズビアンが語る」というだけの切り口には、もともとあまり興味がないのです。ちなみにわたくしの愛読誌は後にも先にも『噂の眞相』のみ。漫画も雑誌ではなく単行本を購入して読む主義です。

 

一方、国内唯一の商業レズビアン漫画雑誌『美粋(ミスト)』(1997年創刊、99年休刊)については、読者としてではなく漫画原作者として関わりました。『美粋』は読者からのお便りをとても大切にする雑誌でして、「ババァは出すな(すげーエイジズム!)」「男も出すな(男性嫌悪?)」「女の子をいじめるな(SMフォビア)」などの熱心な要望にバカ正直に応えようとしていたのです。編集長は、「ゲイ雑誌の世界観のように、最初から異性はどこにも存在しない、同性だけの、女だけの世界をつくりたい」とおっしゃってましたが、休刊が決定したころ、「コンセプトがクリアになればなるほど売れ行きが落ちていった」とこぼしていました。

 

なぜ売れぬ? レズ雑誌。男女の経済格差の問題がまず挙げられましょう。もうひとつは、エロネタに投資するしないのジェンダー差もありそうです。ほかにも検証すればさまざまな要因が挙げられるはずですが、とにかくわたしは、「コンセプトが明確になればなるほど売れなくなった」という『美粋』編集長の言葉がずっと脳裏に焼きついていたのです。売るからにはターゲット層を定めることが要請されますが、これはコンセプトの設定と連動しており、コンセプトを具体化すればするほどターゲット層は狭くなりがちです。

 

といっても、デルタGは「売るため」に開設したサイトではありません。万人受けもメインストリーム化もはなから狙っていません。コンセプトを明確にすることは、書き手である自分への制約をキツくしていくこととつながります。もしかすると、一度立ち上げたコンセプトを根底から覆すようなことをやりたくなる/やらざるをえなくなるかもしれません(もうすでに記事同士が矛盾をはらんでいるかもしれませんし、コンセプトなんて時代の流行にすぎないとも言えますし、「ブッダに会ったらブッダを殺せ」とも言いますね)。そうなったとき、固定的なコンセプトは足かせとなります。ならば、自分がその都度抱くであろう関心対象を追っていくという、流動的なゆるいコンセプトで充分だと思うのです。コンセプト重視系のかたがたには「逃げ」と受け取られるかもしれませんが、自分で自分の首をわざわざ絞めるようなことをしたくないだけだったりします(やっぱり逃げ? でも、実際これが逃げだとして、逃げるのがなぜいけないのか本気でわかりません)。

 

 

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●クィア性と時間性について

これはtummygirlさんのこちらのエントリに書かれていたことと、その言及元であるマサキくんのこちらのエントリ(中の、「言いたかったけど言えなかったこと」という見出しではじまる部分)を受けて。

 

ウェブ上の時間の経過が特定の発信者にきわめて「ストレート」な成長物語を付与する可能性の問題にすこし触れていらしたのだけれど、じつは、個人的にはそこにより興味があったりする。たとえばホルバーシュタムなどが論じている「クィアな時間」というのが実際どこまで「クィア」なのか、わたくしには少し疑問があるのだけれども、こちらの議論はそういう「クィアな時間」の考察にもきりこめそうで、刺激的だと思う。(tummygirlさん)

 

常に多少のクィア性を伴う動的コンテンツにおいても、時系列の中に情報(例:カミングアウト)が整理されていくことで〈未成熟なものから成熟したものへ〉というアイデンティティ・フォーメーションのストーリーが(意図されずしても)作られてしまうという懸念がある。(マサキくん)

 

「きわめて『ストレート』な成長物語」や、「〈未成熟なものから成熟したものへ〉というアイデンティティ・フォーメーションのストーリー」が、なぜ、どのようにして付与されたり作られたりするのでしょうか。

 

友人でもある劇作家/演出家から、こんな話を聞いたことがあります。いわゆる起承転結のある物語構成とは、「男の生理」に沿っているのだと。物語がはじまって(起)いろんな出来事が起こり(承)つつも、終盤には必ずクライマックスがあり、ある種のカタストロフ(転)を経て大団円を迎えて収束する(結)。これは男のやる典型的なセックスそのものではないか、というのです。クライマックスとはペニスの膣への挿入であり、カタストロフは射精、エンディングは射精後の虚脱感というわけです。その友人いわく、「小中学生のころは国語が得意だった女子も、高校くらいになると国語についていけなくなる。『男の生理』なんてわからないから当然なんだけど、わからない自分が劣っているのだと思い込まされる」。

 

なるほどな、と思いました。もちろん、「男の生理」にしっかり順応して起承転結型物語でなければピンとこない、スッキリしないと感じる女子だってそりゃいることでしょう。けれども、現実の世界がそうそうきれいに起承転結型におさまるはずもないし、あくまでもフィクションの世界だからというのであれば、起承転結以外の型がいくつかあってもよさそうなものです。

 

わたしは文学史研究の専門家ではないので、ひどくおおざっぱなことしか述べられませんが、神話や民話は必ずしも起承転結の流れには沿っていません。けっこうグダグダで支離滅裂です。「起承転結」そのものは、もともとは4句で構成される漢詩の絶句スタイルを指すそうですが、起承転結的物語構成は少なくとも近代以降は多くの文化社会で共有・支持されているはずです。

 

起承転結型のストーリー構成を「男の生理」型の語りと仮に名付けるのであれば、「ヤマなし」「意味なし」「オチなし」の「やおい」とは、まさしく「男の生理」型語りを一切スルーした語りのタイプと言えるのではないでしょうか。また、やおいと並列させる気はないのですが、たとえばエリカ・ジョング『飛ぶのが怖い』、水村美苗『私小説』などは(ほかにもたくさんあると思いますがとりあえず)、特に明確なクライマックスや大団円が描かれるわけではなく、日常生活や回想(や妄想)のワンシーンを切り取っただけのような作品で、起承転結型の語り(読み?)に無自覚に慣れてしまっている読者群にとっては、どう見ても(のちの展開の伏線になるわけでもない)無駄なシーンや描写が多く、なんのメリハリもなくとりとめのない「つまらない」小説だと評されてきました。

 

時間の積み重ねが必ずしも成長や成熟につながるわけではない、という感覚は、特にロスト・ジェネレーション以降はリアルに抱いています。「今日よりも明日はきっといい日」「こつこつ努力をしていればいつか必ず報われる」という希望的観測は、高度経済成長期にうまくノれたひとびとには都合良くマッチしたフィクションでしかなかったわけです。起承転結型に当てはまらないタイプの物語に対していら立ちやフラストレーションを感じるのは、成長・成熟に結びつかない時間経過が無駄で無意味なものに感じられることからくるのではないでしょうか。

 

さらにもうひとつ、成長・成熟へ向かう時間性というものは、シスジェンダー中心的な感覚であるといえます。要するに、成長・成熟とは、より男/女らしくなる、ということ。男性にアイデンティファイするなら、筋肉が発達して体毛やひげがはえ、声が太く低くなり、体力的にも性的にも「強くなる」こと。女性にアイデンティファイするなら、月経がはじまり、乳房がふくらみ、体つきが丸くふくよかになって、子どもを産み育てるために「優しくなる」こと(……書きながらうんざりしています)。

 

では、シスジェンダー的な成熟を望まない、むしろそれを拒絶するトランスジェンダーにとっての成長・成熟、時間の経過とはいったいなんなのでしょうか。ゆくゆくは男と女が魅かれあい愛し合うのが「性的成熟のゴール」なのだから、同性愛は通過儀礼にすぎない、とも言われてきましたが、性自認、性指向の違いを「未熟→成熟」ラインにそって段階化しようとするイデオロギーは、起承転結型のストーリー構成への欲望と密接に結びついているように思います。

 

 

*さて、肝心のWS動画ですが、現在マサキチトセくんと編集作業中です。無事アップロードにこぎつけられるのかとっても不安ですが、期待しないでお待ちください。

 

 

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コメント(2)

son of Lauren :

こんにちは。私は今回のNWECに行ってませんが、今回のミヤマさんのレポートは最近私が書いたユース・エクスチェンジ・プログラムについての記事にリンクするところがあると思い、興味深く読ませていただきました。

 私は、カテゴリーをずらすというか「クィアのプラクティス」の有効な側面と、逆に「レズビアンです、ゲイです、トランスですバイです」などとアイデンティティをはっきりと表明することが有効な側面とが両面あると思ってますね。

 たとえば、トランスの性自認と性対象の組み合わせで説明される「FTMストレートという」表現ってありますよね。これが私にはずいぶん引っかかっていたわけですが、これに対して私には「レズビアン」であり「トランス」であるというアイデンティティのほうがしっくりきます。
 
 トランスという概念がもつ反本質主義的ジェンダー観がひとたびヘテロノーマティビティな思考にかかると、こうした反転がおきてしまう。 こうした意味でも、複数のアイデンティティの同時保持?のような戦略はもっとあって良いのかなと、思います。 それがクイアのプラクティスであり、アイデンティティの政治なのかなとか。実際はもっといろいろ複雑といいますか、手続きが必要なのは言うまでもないわけですが。

SLさま

コメントありがとうございます。

わたしはさほど意識的にクィアな実践をおこなっているわけではなく、その有効性も戦略もあまり考えたことはなかったりします。本質なきアイデンティティといわれるだけのことはあって、「自分はクィアなのか?」と自問することが多々あります。しかし、問題解決型思考に水を差して引っ掻き回したり、ある土台のうえに建った建物の土台そのものを突き崩したりしたくなるあたりは、クィアな思考ゆえなのかもしれません。

>FtMストレート

レズビアンコミュニティでFtMトランスに対していまだに言われていることのひとつに、「自分は男だっていうなら、レズビアンコミュニティじゃなくてヘテロ女性のいるところに行きなさいよ!」というものがあります。こういう物言いをするレズビアンも相当「ストレート」だなと思うわけです。

ゲイにももちろん「ストレート」はいます。たとえば「オカマ」という呼称を毛嫌いするタイプとか。

ところが、ヘテロのなかにも「ストレート」じゃないかたたちがいます。たとえば結婚制度に反対しているかたとか。「ストレート」なレズビアンやゲイよりは、「ストレート」じゃないヘテロのほうが、なぜか話がすんごく通じたりするんですよね。

わたしはといえば、オカマへのアイデンティファイがしっくりくるあたり、トランスといってもFtMではなく、もしかしてMtFなのかしら? と最近思います。オカマを演じるのは楽なのに、オンナやオトコを演じるのはすごくしんどいです。


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