関パレTOP☆STARキタグチアサミさんインタビュー
今年で3回目となる関西レインボーパレード2008では、共同代表の名称が「TOP☆STAR」に変更。パレード周知のため表(TOP)に出て広報活動を行う関パレの象徴(STAR)であることから。今回はTOP☆STARのおひとりであるキタグチアサミさんに、関パレへの意気込みと個人的なライフヒストリーをうかがいました。
●TOP☆STARになるまでの道のり
キタグチアサミ21歳。もともとL系コミュニティとのかかわりはあまりなく、バイセクシュアル当事者としてさまざまな規模の会で自分の体験談を話すなど、個人で活動してきた。16歳のとき、初めて女子を好きになる。クラスメイトだった。色白で笑顔のかわいい子。あまり怒ることなく、何を言っても笑っているひとだった。
初カムアウトは高3のとき。自由発表の授業中、クラスメイト全員の前で話した。発表が終わってしばらくしんと静まりかえっていたが、やがて盛大な拍手が起こり、「かっこよかったよー」との声が届く。
18歳のとき、ピースボート3ヶ月の船旅に参加し、貧困をテーマに学びあう。船旅がスタートして1ヶ月半たったころ、南半球の洋上でLGBTをテーマにした舞台をやる。1000人以上乗れる船上で約300人の観客を動員。
——ご家族にはすべてカムアウト済み? カムアウトしたのはいつ、どのようなタイミングで? そして、それぞれの家族の反応はいかがでしたか?
キタグチ:母と兄と暮らしていますが、母にはもちろんカムアウト済みです。
母には高校3年くらいのときに「おかん、私、男より女のほうが好きやねん」とカムアウトすると、母は「あ〜、そうやと思ったわ〜〜! あんた芸能人でも川原亜矢子とか、女のひとの話しかせーへんし、バイト先の女のひとの話ばっかりしてるしな〜〜。あんたが好きになったひとが女でも男でも、あんたが幸せやったらお母さんは嬉しいから、いつでも家に連れてき〜〜や〜〜」という返事でした。
私は母を泣かせるかもしれないと思ってカムアウトしたのですが、私のほうが泣いてしまいました。家族や友人にはこれ以上ないくらい恵まれていると思います。
●関パレ初参加でいきなりTOP☆STARに!
関パレは今年が初参加でいきなりTOP☆STARに抜擢。今年の2月ごろ、友人に誘われてレズビアンが集まる飲み会に参加したのがコミュニティデビューだった。そのとき、関パレスタッフに声をかけられ、一足飛びにTPO☆STARに推薦されて、5月から運営に加わった。現在の関パレスタッフは十数人。意見や方針がぶつかりあうことなく平和的に準備が進んでいる。当人はTOP☆STARだけに飽き足らず、アフターパーティ『もっと関パレ』のオーガナイザーも兼任。昨年の関パレ動員は約1300人だった。はたして、今年の動員は?
パレードの目的は性的少数者の可視化。一般のひとびとには、明るく楽しくすごしている当事者がいることを伝えたいし、当事者たちには、もっともっと人生を楽しんでほしい。性的指向に関係なく、あらゆるひとたちが尊重されるよう社会が変化していくサイクルのひとつに、パレードを位置づけたい。パレード以外にも性的少数者の活動はさまざまなものがあるので、チャンスがあれば活動分野を広げたい。
関パレでTOP☆STARになるということは、これまで以上に自分の露出度が高まるということ。母親に、「本名キタグチアサミで関パレの顔になれば、親戚一同にも知られることになるけど、それでもいいのか?」と相談したところ、「ええんちゃうの? 止めてもやるやろ」と全肯定。現在はコンピュータ関連の会社に所属しているが、職場でもフルオープンでまったく問題なし。けれども、だれに対しても無差別に無理矢理カミングアウトすることはない。恋愛の話をするくらいの親しい相手には自然な流れで話す。自分がカミングアウトすることで相手もカミングアウトしてくれるケースがある。
——職場でも学校でもフルオープンとのお話でしたが、同性愛嫌悪の経験はまったくありませんでしたか?
キタグチ:職場や学校で、直接否定的な言葉を言われたことはありません。ただ、やはりそれ以降その話に触れてこないことが多いです。それが同性愛嫌悪の気持ちからくるのか、どう話していいのかわからないという優しさからきているのかはわかりません。
ちなみに、今まで1000人くらいの方にセクシャルマイノリティ当事者であることを伝えてきましたが、具体的に同性愛嫌悪の言葉を向けられたのは、数えるほどでした。いま思い出せるのは以下の3つくらい。
1)美容院で美容師から、「えっ、相手女なん? 気持ちわるっ」の一言。
2)60歳代男性から「憲法24条に反している! 子どもができないんだから放っとけば絶滅するんだし、放っといたらいいんだ」という爆弾発言。
3)ノンケ女性との恋が終わった私に、仲のいい友達から「●●さん(別れた相手)は、マイノリティになりたくなかったんだよ。彼氏の気をひくためにちょっと遊んだだけじゃないの?」と、まったく励ましになっていない一言。
——バイセクシュアル当事者として個人活動してきたときと、TOP☆STARとして関パレ運営にかかわり集団で活動している現在と、なにか変化はありますか? あるいは、形態が違っていてもこの部分だけは変わらないと感じることはありますか?
キタグチ:変化はたくさんあります。まず、パレード実行委員に参加することで、たくさんの当事者のかたがたと出会えるのが嬉しいし、楽しいです。個人活動でマジョリティ相手に話をしても、その場限りとなり、次へのつながりを感じづらい面がありましたが、パレード実行委員で続けて活動していると、私の発信に対して反応がダイレクトに返ってくるので、私自身が成長できます。
また、パレードは大阪キタやミナミ、神戸をはじめとした関西のたくさんのゲイバー、レズビアンバー、クラブ、LGBT関連の各種業態に支えられています。
すでに10年以上継続している札幌プライドマーチのように、地域のかたがたの長期的な支持をいただけるイベントを目指し、今支えてくださるすべてのかたに対してベストを尽くすことが必要なので、個人活動のときよりやりがいや希望を感じます。
変わらない点について、私が伝えたいのはひとつだけです。それは、「人が人を人として愛することは、奇跡みたいに素晴らしいことであったとしても、決して誰にも否定されることではない」ということ。
マジョリティのかたがたには、自身のセクシュアリティを振り返るきっかけになれば幸いですし、まわりのLGBTの存在を知ってほしい、当事者のかたがたには、なにがなんでも自分を否定することなく自信を持ってほしいと伝えたいです。
セクシュアルマイノリティの問題は、あらゆる人権問題に通じています。ひとを愛するのに性別や国籍や年齢が関係ないように、すべての被差別者の権利も守られるべきものだと思います。「関係ない」というのは、個人レベルでは関係があったとしても、自然に誰かを愛すること、大切に想うことを、社会的にも日常のなかでも決して否定してはいけないという意味です。いろいろなカテゴリーに関係なく、すべての愛が平等に尊重されるべきという意味です。
<取材後記>
キタグチさんとは電話で2時間ほど取材させていただきましたが、そのほとんどが関パレ告知とはあまりにかけ離れたプライベート・トークでした(寄り道しすぎ)。はばかり知らぬミヤマの直球インタビューになんでも応えてくれるキタグチさんは気前よすぎ(脅しのネタにしちゃうぞっ)。快活そうなハスキーボイスから想像するに、きっとすごくモテるに違いない。それもネコさんに(笑)。
取材のはじめには「バイセクシュアル」「パンセクシュアル」と名乗っていたキタグチさんだが、どんどん話をうかがっていくうちに、このごろはとみに女性にばかり魅かれる傾向が強くうかがわれるので、こちらも思わず「それってもしかしてじつはおレズじゃないの?」「ねえ、やっぱあなたってレズでしょ」「っていうか絶対レズ! 間違いないって!」などとしつこく詰問する始末。
取材後にキタグチさんからいただいたメールには、「・・・私、レズでした!!(笑)」との告白が(笑)。……いけねぇ、またひとりおレズを増やしちまったい。
なにはともあれ、関パレのご成功を心よりお祈りします。今年は東京のパレードが中止となったため、関パレに流動する参加者が増えるのではないかと予想されます。遠方から参加予定のみなさまは、交通手段やお宿の確保をお早めに!
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