男の逆、女の逆
[いぬのえいがひょう] vol. 053
地球の静止する日 (1951)
The Day The Earth Stood Still
アメリカ、ワシントンに空飛ぶ円盤が着陸します。
中から現れたのは、異星からの訪問者クラトゥ。
地球のラジオ放送を傍受して習得した英語を話すクラトゥは、「平和を願って善意と共に訪れた」と語りかけますが、地球人類への贈り物を懐から取り出すと、それを武器と間違えた軍兵士が発砲します。
これは、反共産主義が蔓延しはじめた1950年代のアメリカ映画。
和平を求める共産圏の声を逆の意味に曲解し、核武装を推進しはじめた当時のアメリカ軍の姿は、まさにこの兵士。
メジャースタジオの映画で、よくこの描写が通ったものです。
保守的な思想の持ち主は、例え話を理解できないのでしょう。
負傷したクラトゥに続いて、ゴートというロボットが現われ、頭部から発射するビームで、銃や戦車や大砲など武器だけを、消滅させてしまいます。
アメリカ軍の病院に運ばれ監禁されたクラトゥは、すべての地球人類に対するメッセージを伝えに来たので、世界中のすべての国の元首に同時に会いたいと告げます。
しかし、「前例がない」「非現実的だ」「複雑な国際関係を考慮しなくてはならない」と、クラトゥの希望は却下さてしまいます。
クラトゥは、国家とは、地球人類の中の瑣末な約束事にすぎないとわかっているのです。
国家は、実体の存在し得ない、虚構の設定、幻想の集積でしか有り得ません。
地球人類も、理屈の上ではわかるのでしょうが、国家は、あたかも幻想ではなく実体のあるものと扱われます。
現実と認識された幻想のことを、妄想と呼びますね。
国家とは妄想です。
妄想と妄想との関係が複雑でもと単純でも、妄想は妄想です。
「複雑な国際関係」など、ナンセンスです。
更に、国家とは妄想であるのだから、国民とは、妄想への帰属。
妄想を抱くのではなく、妄想に帰属してしまうのですよ。
国家などという幻想の確固たる実在を確信し、それへの帰属による現実認識を行うのです。現実認識に重度の障害が認められますね。
この疾患、名前はまだない。
名前がないので名付けましょう。
帰属性認識異常。
はい、名付けました。
呆れ果てたクラトゥは居丈高に「君らのような愚劣さを我々は克服した」と語ります。
帰属性認識異常者を相手にしていても埒があかない。クラトゥは軍の監視の目をかいくぐり、街に潜伏します。
危険かもしれない存在が街に潜伏したという軍の情報を受け、街の人々の大部分は、得体の知れない他者に恐怖します。
帰属性認識異常者は、国家要員だけでなく、街にも多くいます。
帰属性認識異常者は、自分の帰属対象以外のものへの偏見と敵意をたやすく膨らませます。
疑心暗鬼に満ちた街の中、クラトゥは訪れた下宿宿で、シングル・マザーのヘレンと、その息子のボビーと知り合います。
ヘレンは、地球人類にしては珍しくリテラシー能力が多少あり、クラトゥが敵意を持っているとは限らないと語ります。
クラトゥはよくなついてくるボビーに、「物事をよく考える立派な人は誰か」とボビーに尋ねます。
するとボビーは、母親のヘレンが秘書をしている数学者のバーンハート教授だと胸をはって答えます。
バーンハート教授の世界的なネットワークを通じてメッセージをすべての地球人類に伝えようと思い立ったクラトゥは、教授やヘレンにカミングアウトします。
ところで、「カミングアウト」という言葉は、同性愛者が同性愛者であることを公にすることを指していましたが、言葉が知られるようになると、性同一性一致異性愛者にも、ちょっとした秘密の告白、という意味合いで使われるようになりました。
同性愛者がカミングアウトするときは、不利益を被るかもしれない覚悟が伴います。
性同一性一致異性愛者が、安易に使う「カミングアウト」は、同性愛者たちがそのが「カミングアウト」という言葉に込めた意味の積み重ね上げてきた込めた意味を台無しにしています。
その言葉を、性同一性一致異性愛者が使うなら、何らかの配慮をしてほしいものです。
一方、この映画のクラトゥには「カミングアウト」が相応しいと思います。
異星人弾圧下で異星から来たと明かすこと。
共産主義弾圧と軍備増強の世論操作に乗せられた当時のアメリカ社会下での、共産主義者や平和主義者も、クラトゥの姿に重なります。
そう、クラトゥのメッセージは、平和、でした。
世界の国家間対立も解消し、核兵器を廃絶すること。
そうしなければ、やがて宇宙に危険を及ぼす恐れのある地球全人類を抹殺するというのです。
しかし、メッセージを全地球へ発信する前に、ヘレンと婚約している男が、自分が有名になるためにクラトゥの居場所を軍に密告してしまい、軍はクラトゥを狙撃します。
クラトゥにもしものことがあった場合、ロボットのゴートは徹底的な破壊を開始するのです。
クラトゥは万が一に備えて、ゴートを制御する呪文「クラトゥ・バラダ・ニクト」をヘレンに教えていたのでしたが…。
アメリカ中心思考の、逆の位置にある映画です。
当時アメリカが対立していた国はソビエト。
しかしアメリカ中心思考の逆は、ソビエトではありません。
アメリカ中心思考とは、国家という幻想を信奉すること。帰属性認識異常の一形態です。
ソビエト中心思考も、国家という幻想を信奉すること。帰属性認識異常の一形態です。
ひたすらに嘘を信じることの逆は、別な嘘を信じることではなく、嘘を信じないことなのです。
男の逆は女ではありません。
女の逆は男女ではありません。
男の逆は、女の逆は、つくられた性別への帰属によって現実を認識することの逆は、男でも女でもないことです。
もう一度いいます。
ひたすらに嘘を信じることの逆は、別な嘘を信じることではなく、嘘を信じないことなのです。
クラトゥのように「君らのような愚劣さを我々は克服した」と言い放ちましょうか。
そしてクラトゥは狙撃されました。
帰属性認識異常者は、ヘイト・クライムがお得意です。
この映画の公開から57年経った2008年現在でも相変わらず、帰属性認識異常者のヘイト・クライムは、対象や規模は変わっても健在です。
クラトゥのメッセージは、警告の枠を越えた、テロリスト的な脅迫でした。
映画ではない現実では、脅迫は、脅迫であるという一点だけで、言い分に耳を貸されることなく叩き潰されるのでしょうか。
それは、国家幻想レベルの話だけではなく、日常のそこかしこで。
では、クラトゥのように脅迫してみましょう。
いつか、ゴートの暴走がはじまりますよ。そしてそのとき。
クラトゥ・バラダ・ニクト
そんな呪文で誰を止められますか。
…あ。ごめんなさい。保守的な思想の持ち主は、例え話を理解できないんですよね。保守向けの脅迫なのに、例えてしまったので脅迫にはなりませんでした。
偏見と敵意は変わらず。けれど、ゴート暴走の可能性が認識されかけた2008年現在は、当時よりほんの少し混沌が可視化されたかもしれません。
あ! そうそう! いぬかわいいよー! いぬってすてき! わんわん!
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DVD『地球の静止する日』 (2008/11/19発売)
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ところで、この映画、今年リメイクされました。
オリジナルをどう組みなおしているのか、新しい問題提起も加えられているのか、大変興味深いです。
『地球が静止する日』 (2008/12/19公開)
公式サイト
監督:スコット・デリクソン
出演:ジェニファー・コネリー、キアヌ・リーブス、キャシー・ベイツ
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ども、[いぬのえいがひょう]ファンのtibimamaです。
ファンなんですが、未読の映画評がたくさんあって、これも、今日初見でした。(ゴメン!)
『地球の静止する日』未見なのに気がついて、ちょっと愕然としました。このあたりのメジャーなSF映画はほぼ見ているつもりになっていたもので、・・・。
>男の逆は、女の逆は、つくられた性別への帰属によって現実を認識することの逆は、男でも女でもないことです。
いぬさん、ほんと、そうですよね。
いつもながら、明確な論理の展開に、カイカン!
>偏見と敵意は変わらず。けれど、ゴート暴走の可能性が認識されかけた2008年現在は、当時よりほんの少し混沌が可視化されたかもしれません。
う、これは難しい。どうなのかなぁ、すぐにはわからないよぉ。
より「可能性が認識されかけ」ているのか、「当時よりほんの少し混沌が可視化され」ているのか、ちょっち、沈思黙考してみることにしてみますね。