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当事者には事実が見えない

2008年12月 5日 10:00 いぬ
Blindness001.jpg

[いぬのえいがひょう] vol.060

ブラインドネス (2008) Blindness

 

突然失明してしまう原因不明の伝染病が発生します。発症者を検査しても異常は見つかりません。

通常は、失明すると光を失い暗い闇に包まれますが、この病は目の前が光で溢れて見えなるというもの。

この病は感染力が強く、瞬く間に蔓延していきます。

政府は、かつて精神病院だった建物を隔離施設とし、患者が見つかり次第、拘束し施設に監禁します。

日に日に不衛生と混乱が溢れていく施設の中で、銃器を持ち込んでいたある男が「王」を自称し、施設内を支配しはじめます。

配給物資を独占し、食料と金品との交換によって脅す王と、その取り巻きの男たち。

金品がなくなった頃、王たちは、食料が欲しければ女の身体を提供するよう要求しはじめます。

そして、理不尽な支配にさらされる患者たちの中に、視力を失っていない者が一名、紛れ込んでいました…。

 

暴力に溢れた実話を基にした2作『シティ・オブ・ゴッド(2002)、『ナイロビの蜂(2005)に続き、フェルナンド・メイレレス監督が作りあげたのは、極限状態での暴力の寓話。登場キャラクターには一切固有の名前はありません。

 

メイレレス監督はこう語っています。

「“人間とは何か?”という問題は暴力であらわせると思っているんだ。僕が描きたかったのは攻撃的な反応を示す人たちなんだ。人は文明社会を築いているけれど、一度その表舞台から転落すると、まず窮地に陥り、次に食べ物を盗み、そしてレイプをはじめる」

 

監督はそう言っていますが、映画の中で、そういった暴力を行うのは、人間全般ではなく、人間の男だけでした。

ここで描かれているのは、“人間とは何か?”ではなく、“男とは何か?”ではないでしょうか。

男人間がよく言うように、ここでもまた、“人間”という言葉で“男”だけを指しています。

 

ダニー・ボイル監督のゾンビ映画の亜流ホラー『28日後…(2002)では、極端な暴力性を持つ伝染病の蔓延が描かれました。

映画の前半までは、見るものすべてに襲いかかる怪物と化した感染者たちと主人公たちの攻防が描かれます。

映画後半になって、主人公たちが逃げ込んだ先は、軍の男たちが占拠した安全地帯。

秩序のある安全地帯は、しかし、無秩序の街よりも、更に恐ろしい場所として描かれます。

軍の男らしい男たちは、主人公たちを手厚く保護をするふりをしながら、結局は本性をあらわします。

女は強姦し支配する対象です。女への暴力に賛同しない女々しい男、つまり男ではない男は排除する対象です。

男らしい男たちは、凶暴な感染者よりも恐ろしい怪物として主人公たちに襲いかかります。

 

病気より恐ろしいもの、それは人間。

そうまとめられがちですが、恐ろしい怪物は、ただの人間ではないのです。

恐ろしい怪物とは、たいてい、男らしい男の人間なのです。

28日後…』は、ストーリーが組み立てかたで、暴力の主体は一体誰なのかを明確にしていました。

 

一方、『ブラインドネス』の善悪はストーリー上、曖昧です。

王たちが女たちの身体提供を要求したとき、女たちは皆の食料を得るために自ら志願します。

志願した女の恋人や夫は悩みます。

その悩みは、女が受ける暴力を思っての悩みではありません。

自分の女が他の男に汚されることで傷つく、男としての自分のプライドに関する悩みなのでした。

 

映画の中で、王たちの傲慢な欲求はおどろおどろしい恐怖の演出で描かれますが、この、恋人や夫の悩みは、恐怖ではなく悲哀として演出されていました。

女を、男のための商品としてしか見ていないのは、王も夫も恋人も同じ。

 

原作者のジョゼ・サラマーゴは、この作品を、「ゾンビ映画」にされるのが嫌で、なかなか映画化を許可しなかったといいます。

モンスターではなく、人間の恐ろしさを描いてほしい、ということなのでしょう。

28日後…』は、死者が蘇生するわけではないのでゾンビではありませんが、ゾンビ映画の系譜に位置づけられます。

ジャンルの位置づけのせいで、荒唐無稽なホラー映画という色眼鏡をかけられ、男性性批判が伝わりにくいきらいはあります。

それを避けたいと思うのはわからないでもありません。

ですが、『ブラインドネス』は、逆に、加害者を怪物として描かないことで、恐ろしさの主体が曖昧になってしまいました。

 

Blindness002.jpg

志願した女たちは、王たちに殴られながら強姦されます。

反応の鈍い中年の女が一名、「お前はゾンビだ」となじられ殴り殺されます。

そこまで事態が悪化して、女たちは立ち上がります。

 

やがて、混沌を極めた施設は焼け落ち、外界に逃れたかたがたは、唯一目の見えるかたが先導して、小さな家族を築きます。

施設を脱出したときに甘えて寄って来たエアデール・テリアさんも、一緒に暮らす家族に加わります。

 

メンバーには、東洋系、アフリカ系、さまざまな肌の色のかたがいましたが、互いの肌の色はわかりません。

目が見えないことで、人種の壁を越えて絆を深めることができたのです。

そして築かれるユートピア的な家族のありかた。

 

目が見えていることで、見えないものがある。

目が見えなくなれば、見えてくるものがある。

そんなテーマを語っているようです。

 

が、肌の色はわからなくても、性別はわかります。話す声や話しかたを聞くか、外性器は触ればわかってしまうのです。

人種の壁は崩れたけれど、性差の壁は崩れていないのです。

 

この家族の中には、恋人が皆のために強姦されることを志願したとき、男のプライドしか考えられなかった男が混ざっています。

カテゴリーの境界は、まだまだ残っていました。

 

隔離施設内での殺伐とした日々から一転して、人種の壁を崩した新しい家族の穏やかなダイニング。犬も楽しげに歩きまわっています。

ある男が「多くの人間の家族だ」と感慨深げに語ります。 それに対して、ある女が「犬も家族よ」と返します。

性差の境界。種の境界。

自分の性に縛られてしか物事を見られなかった男は、なにげない一言もつい自分の種だけに縛られ、人間だけを家族と数えてしまいます。

境界を越えることを、男はまだ学んでいませんでした。

一方、道端では、野良犬が人間の死体に群がってぱくぱく死肉を食べています。

 

ルワンダでの、フツ族のツチ族大量虐殺を描いた映画『ルワンダの涙(2005)では、人間の死体に群がる野良犬が描かれます。

駐留していた国連軍は不衛生だからと犬を射殺するよう命令します。

映画の主人公であるクリストファー神父は、「犬が銃を向けてきたのか。相手が攻撃してこない限り攻撃はしないきまりではなかったのか」と、虐殺の加害者には手を出さないのに犬は殺そうとする軍に抗議します。

(原題の“Shooting Dogs”は、このくだりから採られています)

 

犬が人の死肉を食べることの、何が責められるべきことというのでしょう。

『ブラインドネス』は終盤で、失明の病は自然治癒に向かい、復興の予感を感じさせて終わります。

 

見えていた肌の色が見えなくなったとき、見えてきた他者の本性。

自分の人種への帰属が意味をなさなくなって、見えたのでしょう。

性への帰属は残っていました。男は男のまま、女は女のまま。

 

地獄の施設を抜け出して、築いた家族は、果たして、皆の目がまた見えるようになったとき、どこへ向かうのでしょう。

「犬も家族よ」と言われなければ気付かず、強姦される女の痛みを少し想像してみることもなく、痛くもない男のプライドにしがみつ、そんな善意の男。

彼はまだまだ、性別の幻想と種の幻想からは、抜け切れていません。

男のプライドは、女を全く見えなくしてしまいます。

 

この映画の後、街が復興に向かったとき、死肉を食べていた犬は駆除されてしまうのでしょうか。

人間がその光景を見ていないなら、野良犬たちのお食事は咎められませんでした。

見えているものから距離を置いたとき、肉片は肉片にすぎないことをわかるのでしょうか。

自分の人種と、自分の性別と、自分の種と、そういった当事者性を捨ててのみ得られる客観性で、やっと見えるものがあるのでしょう。

ある国の国民と自覚しそれを誇りにするようなかたは、国家というものが人々の決め事によって成り立っているだけの実体のない幻想だということをすぐに忘れます。

カテゴリーに帰属した当事者性は、物事の事実を見えなくします。

甘えて寄ってきた、エアデール・テリアさんには、何が見えていたでしょう。

 

この映画は、外見や、人種というカテゴリーからの脱却を示唆しています。

メイレレス監督と原作のサラマーゴ複雑でリアルな人間を描くために「ゾンビ映画」になることを避けることで、わざわざ映画ジャンル間の“ブラインドネス”まで発生させながら、人間当事者として、性や種というカテゴリーに対する言及は曖昧にしてしまいました。

ここでも男や人間は甘やかされているようです。

 

あ! そうそう! いぬかわいいよー! いぬってすてき! わんわん!

 

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