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自由について

2009年1月 2日 10:00 いぬ
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[いぬのえいがひょう] vol.064
マンデラの名もなき看守 (2007) Goodbye Bafana

1968年、南アフリカ共和国。悪名高いアパルトヘイトが行われていた時代。
人種差別を自然なことだと考えていた白人看守のジェームズ・グレゴリーは、反政府テロ活動の首謀者とされる、ネルソン・マンデラの担当に配属されます。


グレゴリーは、マンデラと生まれ故郷が近く、子供の頃バファナという黒人の親友がいたため、彼らの言葉であるコーサ語を理解できました。マンデラ担当に抜擢されたのは、コーサ語の会話をスパイするためでした。
スパイで得た情報をもって、政府は黒人たちを次々と陥れることに成功し、グレゴリーは順調に昇進していきます。
しかし、グレゴリーは、マンデラと接しているうちに「マンデラは、白人の皆殺しを目論む危険思想の首謀者」という「白人の常識」に疑問を抱くようになっていきます。 マンデラから人種の壁を越えて平和に暮らせる社会を目指していることを聞いたグレゴリーは、禁制品とされている「自由憲章」に興味を持ち、秘かに入手します。
マンデラの真意に触れたグレゴリーは、少しずつ自身の偏見を払拭していきます。

アパルトヘイト撤廃後、南アフリカ初の黒人大統領となったマンデラ。
この映画は、マンデラが自身の伝記として初めて映画化を許可したものだそうです。
マンデラは、大統領就任後、真実和解委員会を開設し、そこではアパルトヘイト下での膨大な差別犯罪を裁くよりも、真実を明らかにし未来への糧とすることで、憎しみの連鎖を断ち切ること選びました。
しかし、かつてマンデラが率いていたアフリカ民族会議は、武装闘争を選択していたグループでした。
あるとき、アフリカ民族会議の起こした市街爆弾テロを起こします。
市街爆弾テロで死んだのは十数名。その前に、政府は何百名もの黒人小学生の虐殺を行っていました。
これについて看守に詰め寄られたとき、デニス・へイスバート演じるマンデラは、「暴力に対しては暴力で抗うしかない」と返答します。
そう。自由を侵害する暴力に対する暴力だけは認められてしかるべきなのです。

国連による世界人権宣言にはこのように記載されています。

第三十条
この宣言のいかなる規定も、いずれかの国、集団又は個人に対して、この宣言に掲げる権利及び自由の破壊を目的とする活動に従事し、又はそのような目的を有する行為を行う権利を認めるものと解釈してはならない。

一見、流し読みをすると、「破壊行為は認めない」と読めてしまいそうです。
が、この条文は、あることを絶対否定しています。それは、自由の破壊です。
言い換えれば、「自由を破壊するものは、破壊しなければならない」。
破壊自体を否定しているのではないのです。
むしろ、一切の破壊をしないことを選択してしまったら、それは事実上、自由を侵害する者だけに自由を与えていることにしかなりません。
自由を侵害するものだけは排除しなければ、自由は成り立たないのです。

マンデラは、「今後家族と安泰に暮らせるよう取り計らうので、アフリカ民族会議の市街へのテロをやめさせろ」という、交換条件を出されます。
しかし、マンデラはこれに応じません。
社会に自由が得られないなら、自分の家族だけが幸せを手にすることは出来ないと。
当事者としての自分を越えて自由について考えることが出来たマンデラ。
そういったグローバルな視点だったからこそ、アパルトヘイト撤廃後の南アフリカで、人種差別だけでなく、思想、信条、ジェンダー、セクシュアリティなど、あらゆる差別を禁止する憲法を生むことができたのでしょう。

監督は、『ペレ』ののビレ・アウグスト。
過剰に感動を煽ることがなく、映画を観た後、日が流れてからゆっくりと染み入ってくるような、静かな演出が光ります。

原題の“Goodbye Bafana”の意味は、ふたつあります。
グレゴリーが、子供ころ仲の良い親友だった黒人のバファナと別れて成長するうち、いつしかバファナを劣等人種としか思えなくなってしまった、遠い昔の悲しい「さよなら」。
そして、このタイトルには、映画の終盤で、もうひとつの意味が重なります。まだ観ていないかたのために、ここにはそれは書かないでおきます。

偏見は、ひたすら覚えて学ぶもの。誰からも教えられなければ身につきません。
禁制品とされ内容が確認できないのをいいことに、自由憲章は白人たちのあいだでは、破壊的な危険思想が書かれていると思われています。
内容をわからないようにすることで、恐怖を植え付けるのです。
アパルトヘイトは、人種を分離して支配するように、情報も分断してしまいます。
悪影響があるので知ってはいけないこととして情報を遮断するのは、差別推進の常套手段です。

看守のグレゴリーは、遮断されていた自由憲章に触れて、しかしすぐに変わったわけではありませんでした。長い年月をかけて言葉を温めながらその意味を理解していきます。
自由を知るということは、新しいことを学ぶというよりも、暗記してきた間違いを正していく作業なのでしょう。偏見を解くためには、偏見を持つ前の自分に戻って生きなおす時間が必要なのでしょうか。

その自由憲章が記されたのは、1955年。
ここまで包括的な差別撤廃を意図とした文章は、当時、画期的だったでしょう。
かつて、画期的だった「自由」。いつか日常でも当たり前のことになりますように。

***

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自由憲章 (いぬ意訳)
1955年6月26日 クリップタウン人民会議にて採択

わたしたち、南アフリカの人民は、私たちの国すべて、そして世界に以下を宣言します。
南アフリカは、黒人、白人を問わない、すべての者のためのものです。
すべての者の意思を汲んだものでなければ、どんな政府の権威にも正しさはありません。
わたしたちの仲間は、不当で不平等な政府によって、住む土地や自由や平和を奪われてきました。
すべての者が公平な権利と機会を享受して、共に生きることができるようになるまで、真の豊かさも自由もありません。
すべての者の意思を汲んだ民主的な統治だけが、肌の色や性差や信条によって差別されることのない、生まれながらの権利を保障することができます。
それゆえ、南アフリカのわたしたちは、対等に共に生きる仲間である黒人、白人として、「自由憲章」を採択します。
そして、わたしたちは、力と勇気を尽くして、ここに掲げる民主的な変化を勝ち取るまで、共に闘い抜くことを誓います。
統治は皆で!
法律をつくるための投票や立候補は、すべての性の者に開かれています。
すべての者に、政治に参加する権利があります。
それは、人種、見た目、性に関係なく、等しい権利です。
少数の権力者のための、彼らだけを優遇する決めごとや、それを決定する会議や議会や当局はすべて、わたしたち皆のための民主的なしくみと差し替えます。
すべてのグループに平等な権利があります!
法廷で、学校で、すべてのグループや人種に平等な権利があります。
他文化の強要によって禁じられることなく、独自の文化や監修に依った自分たちの言語を使う、平等な権利があります。
すべてのグループは、その人種やグループの尊厳に対するいわれのない侮蔑から守られます。
人種や見た目に対する偏見を教えること、覚えることは、処罰されなければならない犯罪行為です。
多様性を阻む隔離(アパルトヘイト)のための、すべての法や習慣を撤廃します。
豊かさを共有しましょう!
南アフリカの土地の豊かさは、誰かが独占することなく皆に還元しましょう。
資源や産業は、皆のもの。勝手に独占してはいけません。等しく幸せをもたらすためのものでなくてはなりません。
皆に、職業を選ぶ平等な権利があります。
土地は、その土地で働くかたのものに!
土地所有権の人種による制限は過去のものにします。土地は、その土地で働くかたがたへ分配しなおします。
農機具や農作物の種やダムを所有しているかたは、もうそれらを独占せず、農作業に従事するかたを助けましょう。
自由のために、農作業に従事するかたがもう搾取されることのないよう保証します。
皆が、住む場所を選び、それがどこだとしても、選んだ場所に住む権利があります。
強制的に、飼育していた牛を奪われること、仕事を奪われることは、もうありません。農場刑務所は撤廃します。
すべての法律を平等な法律に!
誰も、公正な裁判なくして、投獄や強制追放をされてはなりません。
被告がどんなグループのかたであっても、裁判は公正でなくてはなりません。
裁判所は、すべてのかたの代表であるべきです。
懲役刑は、重大な犯罪に対して課されます。その目的は、復讐ではなく再教育です。
警察権力や軍隊は、開かれた、皆と対等なものになり、皆を助け守るためのものになります。
人種、見た目、思想信条に依る差別は、すべての法律から撤廃されなければなりません。
皆が等しい権利を享受しましょう!
意見表明の権利、集団をつくる権利、集会の権利、出版の権利、勧誘の権利、信仰の権利、子供たちを教育する権利を、法が保障するものとします。
家庭は警察による暴力的な捜査から、法によって守られます。
南アフリカ内での旅行は、すべての土地へ、制限なしに自由に移動できるものとします。
身分証明、許可証や、その他、自由を制限するための一切の法律は廃止します。
安全に働けるように!
雇い主との賃金交渉をするための労働組合員は、働いている皆によって選出されなければなりません。
自治体は、失業者への保険給付を完全に整える権利と義務があることを認識しなければなりません。
すべての人種の女性労働者に、男性と同一の賃金が支払われなければなりません。
すべての労働者に、週40時間の労働時間数と、最低賃金、年次休暇、傷病休暇が保証され、妊産婦には、産休の間、給料の全額が支払われます。
炭鉱労働者、家庭内労働者、農場労働者、そして公務員、すべてに同じ権利があります。
児童の就労、有色人種専用の飯場労働、幼児の労働は廃止します。
教育と文化と扉を開けたものにしましょう!
政府は、文化的な生活の向上のため、才能を見出して、奨励します。
無償で、書籍、思想、他の大陸との交流を。すべての文化財が皆に開かれたものになります。
教育の目的は、若者が自分たちと自分たちの文化を愛し、名誉、同胞愛、自由と平和を学ぶことです。
すべての子供に、自由で普遍的で平等な義務教育がなされます。
高等教育と技術訓練は、すべて、自治体の手当や奨学金によって担われる、開かれたものになります。
大衆への計画的な教育によって、文字を読めないかたをなくします。
教職にも、他のかたと同じ諸権利があります。
スポーツや教育において、人種による分け隔ては撤廃します。
安全で快適な住環境を!
すべてのかたに、自分が選んだ家に住む権利があり、問題なく家族と快適で安全な生活を営めるでしょう。
誰も住んでいない場所は、住むところとして利用可能にしましょう。
家賃の価格を引き下げ、食べ物に豊富に供給されれば、誰も飢えることはなくなります。
自治体は、予防的な健康計画を実行します。
母親と子供たちのために、配慮の行き届いた無償の医療と、無償の入院環境を提供します。
スラム街は取り壊され、新しく、交通網が充実した郊外の街となるでしょう。そこには、道路、街灯、運動場、託児所、市民センターがあります。
高齢者、親のいない子供、身体障害者、傷病者は、自治体が保護します。
休日、休暇、レクリエーションは皆の権利となります。
柵で居住区域を囲ったゲットーは廃止します。外部から家族の繋がりを壊そうとする法律は廃止します。
平和と友愛を実現しましょう!
南アフリカは、成員の権利と自主性を重んじ、完全な独立を果たすでしょう。
南アフリカは、戦争ではなく交渉によって、国際紛争を解決し世界を平和にする努力をしなければなりません。
平等な権利を信じ、平等な機会を保障し、それを維持することで、皆のための平和と友愛が保障されます。
(南アフリカ内の)保護国、バストランド、ベチュアナランド、スワジランドはそれぞれ、自分たちの方向性を独自に決定できるものとします。
アフリカの独立したそれぞれの政府の自治権が認知されることが、親密な協力関係を築く基礎となるでしょう。
ここにいるかたがたとこの土地を愛するすべてのかた、私たちが言うように、口に出してください。
自由。
わたしたちが共に、わたしたちの生の核心として、自由を勝ち取るまでわたしたちが闘ってゆく、これらの自由を。

あ! そうそう! いぬかわいいよー! いぬってすてき! わんわん!

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