クィア・スタディーズの最近の記事
【クィア・スタディーズ講座】第3回
「トランスなクィア、ストレートなクィア?」(2)
ジェンダー規範には本質も根拠もない。にもかからわらず、規範は永遠に引用・反復されつづけるのか? 前回解説した「ジェンダーのパフォーマティヴィティ」をキモとして、バトラーが鮮やかに論を展開します(一連の記事はカテゴリ:クィア・スタディーズをご覧ください)。
【クィア・スタディーズ講座】第3回
「トランスなクィア、ストレートなクィア?」(1)
またまたやってまいりました、【クィア・スタディーズ講座】シリーズの第3回です。今回はバトラーの「ジェンダーのパフォーマティヴィティ」について。入門編もそろそろ佳境にさしかかり、議論はより複雑かつ繊細なものになってきています(一連の記事はカテゴリ:クィア・スタディーズをご覧ください)。
【クィア・スタディーズ講座】第2回
「『異性愛規範』をめぐる小難しい話」(3)
(一連の記事はカテゴリ:クィア・スタディーズをご覧ください)
今回は、セジウィックが提唱した「ホモソーシャルな欲望」理論についての詳細です。西洋近代以降のホモソーシャル体制に見られる二大特徴、「ミソジニー(女性嫌悪)」と「ホモフォビア(同性愛嫌悪/恐怖)」とはどういうものかについて解説します。
【クィア・スタディーズ講座】第2回「『異性愛規範』をめぐる小難しい話」(1)
(一連の記事はカテゴリ:クィア・スタディーズをご覧ください)
お待たせしました。講座第2回目のスタートです。今回は、講座第1回の補足をふまえて、クィアとは「立場」や「態度」を表明する形容であることの説明と、この学問分野における「規範」の大まかな定義について。規範は、異性愛社会だけでなく、セクシュアル・マイノリティ社会にもあったりするんですよー。 続きを読む
【クィア・スタディーズ講座】第1回−6「クィアって何? どこから来たの?」 (一連の記事はカテゴリ:クィア・スタディーズから)
第1回の最終回です。クィア・スタディーズははじまったばかりの若い学問領域。体系化されていないし、ディシプリン(修養科目)も固まっていません。研究したいひとがそれぞれ自由にやっているのが現状の、既存の学問のようには学べない学問です。クィア山へ向かう道はけもの道。しかも途中で途絶えている。この先を切り開いていくのはいったいだれ?
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【クィア・スタディーズ講座】第1回−5「クィアって何? どこから来たの?」
(一連の記事はカテゴリ:クィア・スタディーズから)
今回と次回は、クィア・スタディーズがどのようにして生まれたのかというお話です。運動と学問はけっして切り離せないものであることがわかります。クィア・アクティヴィズム(クィア・ポリティクス)は80年代の終わりごろ、エイズ・アクティヴィズムに重なりつつ急激に目に留まるようになり、いまで言うクィア・スタディーズといわれる学問分野もクィア・アクティヴィズムと同じころに出てきます。「包括的」「差異の主張」「問題所在の転換」というクィア・ムーヴメントの特徴は、クィア・スタディーズにも影響しています。
【クィア・スタディーズ講座】第1回−4「クィアって何? どこから来たの?」
(一連の記事はカテゴリ:クィア・スタディーズから)
クィアの歴史についてパート2です。クィア・ムーヴメントが起こった直接的かつ重要な契機であるエイズ・アクティヴィズム(1980年代)は、ゲイ男性のみならず、レズビアン・フェミニストたちやセックス・ワークに従事するトランスたちにとっても切実な活動でした。「クィア」の概念はトランスの存在なくしては成立しえないという歴史的背景をご紹介します。









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